耳嚢 巻之十 龜と蛇交る事
龜と蛇交る事
龜の卵を集めかえし候を見るに、十に一つ二つは蛇にかへる由聞(きき)しに、官醫□□□儀、西丸(にしのまる)山里御庭(やまさとおには)にて、蛇と龜と交(まぢは)る樣子見しと語りし由。夫(それ)に付(つき)、或人語りしは、尻の丸きものは雄はなく、尻の細きものは雌なしといひき。實事なる哉(や)。
□やぶちゃん注
○前項連関:動物奇譚で直連関し、しかもこれは、八つ前の亀が蛇の卵を産むという「龜玉子を生む奇談の事」と、その次の「龜玉子を生むに自然の法ある事」の二篇に対して別々に短い続報という体(てい)を成してもいる点にも注意されたい。
・「龜の卵を集めかえし候を見るに、十に一つ二つは蛇にかへる」「龜玉子を生む奇談の事」では「龜の玉子四つ産(うみ)候に、かへり候時、ふたつが一つは是非(ぜひ)蛇にかへる」とあったのからは、数値がかなり後退している。
・「官醫□□□」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版も三字分ほど伏字である。因みに、「龜玉子を生む奇談の事」の話者も如何にも医師臭い『人見幸榮』という人物であった。目撃した場所が場所、それも亀と蛇の交尾とあっては、確かに名前はこれ、憚って伏せたくもなる。
・「山里御庭」或いは「山里のお庭」で、江戸城西丸御殿の西にあった庭園を指す。
・「或人語りしは、尻の丸きものは雄はなく、尻の細きものは雌なしといひき」――その亀の産卵については、それに蛇の卵が混じっているという話とは無関係に、別にこんな話も聴いた。それは卵の底の部分が丸くなっているものは中に入っている子は♀、逆に底が細く尖っている場合は♂、というのである――ということであろう。この部分は亀の産卵だけで話が続いていているのであって、前話の亀が蛇の卵も産むという奇説とは繋がっていないと採らないと意味が取れないのである。なお、画像で見る限りでは川亀の場合は、卵は楕円形(長円形)を成している。「尻」というのがどっちを指しているのかはよく分からないが、ニワトリの卵のように重心がある方を「尻」と呼んでいるのであろう。
■やぶちゃん現代語訳
亀と蛇が交わる事
亀の奇体なる話を追加しておく。
一、亀の卵を集め、それを孵(かえ)して見たところが、十に一つ或いは二つは、これ、蛇に孵るということを以前に聴き、この「耳嚢」にも「亀が蛇の玉子を生む奇談の事」として書き記しておいたが、ここにきて、官医×××殿が、西丸(にしのまる)の山里(やまさと)の御庭(おにわ)に於いて、まさに蛇と亀の交わっておる、その現場を目撃されたと語って御座った由。
一、亀の産卵についての奇談も、やはりこの「耳嚢」に「亀が卵を生むに際して驚くべき自然の理法がある事」として書き記しておいたが、その孵化については、また、これ、ある人が、「卵の尻の丸いものは雄ではなく、孵れば総て雌亀であって、尻の細いものは、これ、雌ではなく、孵れば総て雄亀である。」と、申して御座った。
この二点、果たして、これ、真実(まこと)で御座ろうか?

