生物學講話 丘淺次郎 第十二章 戀愛(10) 四 歌と踊り(Ⅲ)
[やぶちゃん注:本図は国立国会図書館蔵の原本(同図書館「近代デジタルライブラリー」内)の画像からトリミングし、やや明るく補正した。底本の図より細部が観察出来るのでこちらを採用した。]
鳥類の雄が雌の前で奇態な擧動をして見せることは、普通に人の知つて居る例が幾つもある。七面鳥の雄なども常に全身の羽毛を立てて體を大きく見せ、雌の面前を如何にも強さうに嚴めしく歩きながらときどき一種の響きを發するが、これは全く雌を感動せしめることを目的とするらしい。「くじやく」の雄がときどきその美しい尾を開いて雌に見せびらかすのもこれと同じことである。南洋に産する「風鳥」の類は雄は羽毛の極めて美しいものであるが、産卵期には雌の前でわざわざ翼を擴げ美しい羽毛を左右に開いて見せる。動物園に飼つてある駝鳥の雄もときどき雌の前に膝を折り頸を後に曲げ、頭を左右に振つて奇態な姿勢をとる。東印度の島に産する「アルグス」といふ大きな雉子は、ときどき兩翼を半圓形に開き恰も孔雀が尾を擴げたときの如き形をして雌に示すが、その目的も無論同じであろう。「アルグス」といふ名前は昔の西洋の神話からとつたもので、元來百の眼を有し、同時に二つづつより眠らぬといふ極めて寢ずの番に適した怪物の名前である。女神「ジュノー」が、その夫「ジュピター」の擧動を監視させるために附けておいたところが、眠藥のために百の眼がみな眠つて職責を全うすることが出來なかつたので、「ジュノー」は怒つてその眼を殘らず抉り取り、これを孔雀の尾にうつしたと言い傳へられて居る。それゆえ、「アルグス雉子」の翼の羽には眼玉を拔いた跡が白茶色にたくさん殘つて居る。「くじやく」の尾の緑色に光り輝くのにくらべて、却つて高尚で趣が多い。
[アルグスきじ]
[やぶちゃん注:本図は前と異なり、底本のものである。]
[やぶちゃん注:「風鳥」極楽鳥の正式和名(ゴクラクチョウは正式な和名としては認められていないので注意)。スズメ目スズメ亜目カラス上科フウチョウ科 Paradisaeidae に属する鳥の総称。現在は五つの系統に分けられており、分類上は十五属四十一種である。ウィキの「フウチョウ科」によれば、『オーストラリア区の熱帯に生息し、特にニューギニア島には多数の固有種が生息』し、『雄の成鳥が美しい飾り羽を持ち、繁殖期に多彩な求愛ダンスを踊ることで知られる。雌の成鳥は地味な外見をしている』。この「風鳥」という名称は十六世紀にヨーロッパに初めてオオフウチョウ
Paradisaea apoda が持ち込まれた際、『各個体は交易用に足を切り落とされた状態で運ばれていた。そのため、この鳥は一生枝にとまらず、風にのって飛んでいる bird of paradise (天国の鳥)と考えられた』。また、昔は、これらの鳥が風を餌にしていたと伝えられていた『ことから「風鳥」と名づけられた』とある。グーグル画像検索「Paradisaeidae」をリンクしておく。それからこのВАЛЕРИ ВАСИЛЕВ 氏の「Paradisaeidae.mp4」と題した動画は必見! このダンス! この羽根の紋様と色はもの凄い! まるで「不思議の国のアリス」だ!!!
『「アルグス」といふ大きな雉子』キジ目キジ科セイラン
Argusianus argus 。ウィキの「セイラン」によれば、『マレー半島、スマトラ島、ボルネオ島の森林地帯に棲息する。一説に、中国の空想上の鳥、鳳凰のモデルとも言われて』おり、本種一種でセイラン属を構成する。因みに「セイラン」は「青鸞」である。♂は全長一・九メートル、♀は七十センチメートル程度になる大型のキジである。『全身の色は褐色が主体で、オスは黒い冠羽と裸出した青い皮膚が目立つ頭部』、中央の二枚が著しく長い尾羽、『そして非常に発達した次列風切羽を持つ。風切羽には金色を帯びた眼状紋が多数配置されている。メスは長い尾羽と風切羽を持たず、体色はオスよりややくすんでいる』。『繁殖期にオスが見せるディスプレイ行動は非常に壮観である。オスは森林内の特定の平地を足で踏み均し、落ち葉などを取り除いて綺麗にしてから、大きな鳴き声をあげてメスを誘い、翼と尾羽を広げて誇示する。この時、風切羽に配置された眼状紋が顕わになる』。『雑食性で木の実や木の芽、葉、昆虫などを食べる。
繁殖形態は卵生で、多くのキジ類の例に漏れず子育てはメスのみで行う』。一回の産卵数は平均二個で、『他のキジ類に比べると少ない』とある。グーグル画像検索「Argusianus
argus」をリンクしておく。Mel Ethan Cutler 氏の「Great Argus Pheasant Mating Dance (argusianus argus)」がディズニーの「野生動物王国」という人工建物内で飼育されているセイラン乍ら求愛行動が非常によく撮れているので必見。後に丘先生が、『アルグス雉子」の翼の羽には眼玉を拔いた跡が白茶色にたくさん殘つて居る。「くじやく」の尾の緑色に光り輝くのにくらべて、却つて高尚で趣が多い』と珍しく個人的な好みを語ってられる、その高雅であるとされる羽はこれ(リンク先は英文ウィキの「Argusianus argus oculi feathers」の大きな画像)。確かに、これはクジャクのそれより気品がある。必見!
「アルグス」アルゴス(ラテン語“Argus”)。ギリシア神話に登場する百の目を持つ、或いは体に多くの目を備えた巨人。ウィキの「アルゴス」より引く。全身に百の目を持ち、『しかもそれらの目は交代で眠るため、彼自身は常に目覚めている(別の伝承では、背中に第三の目があるとも、後頭部に二つ目があるとも言われる)。つまり、アルゴスには時間的にも空間的にも死角が無い』。『神々の命を受け、上半身は人間の女で腰から下はへびの形をしていた怪物エキドナやアルカディア地方を荒した雄牛の怪物などを退治する多くの手柄をあげた』。『ゼウスの正妻ヘーラーの命令で、ゼウスの愛人で牝牛に変身したイーオーの見張りをしていたとき、イーオーを愛するゼウスの命令を受けてイーオーを取り戻しに来たヘルメースにより殺された。
この際、ヘルメースは葦笛の音を聞かせてアルゴスの目を全て眠らせ剣で首を刎ねたとも、遠くから石を当てて殺したともいう。あるいは、ヘルメースには殺されなかったが、イーオーを逃がされた責でヘーラーに処刑されたともいう』(ギリシア神話の主神にして全知全能神ゼウスはローマ神話ではユーピテル(ジュピター)と、ギリシア神話の最高位の女神「神々の女王」ヘーラーはローマ神話に於いてはユーノー(ジュノー)と同一視された)。『ヘーラーはアルゴスの死後、その目を取って自身の飼っているクジャクの尾羽根に飾った。それ以来、クジャクは尾羽根に百の目を持つという。クジャクの話にはもう一つ説があり、それによれば、ゼウスがヘーラーの機嫌を直させるために送った鳥がクジャクだという。どちらにしても、クジャクの尾羽根にある百の目はアルゴスの目であるという説がある』とある。]