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2015/04/06

耳嚢 巻之十 猫の怪談の事

 猫の怪談の事

 

 巣鴨にて大御番にて、名も聞きしがもらしぬ。文化十一年の四月、二條在番に出立(しゆつたつ)ありし。或夜留守の中間部(ちうげんべ)やにて、踊りさわぎ、殊外(ことのほか)大勢にて諷(うた)ひ舞(まひ)、賑やかなる樣子に付(つき)、主人留守の儀、右體(てい)の別(べつし)て如何(いかが)の段、奧方より沙汰有之(これあり)、留守家來、早速中間部屋を改(あらため)候處、右體(てい)の儀無之(これなく)候間(あひだ)其譯申開(まうしひらき)候處、翌晩も尚又同樣に付、右家來罷出(まかりいで)相改(あひあらため)候處、不見知(みずしらずの)もの壹人罷出(まかりいで)、右明(あき)長屋にて少々宿願有之(これあり)、同志のもの相集(あひあつま)り祭禮同樣の儀いたし候儀、今一夜(ひとよ)用捨(ようしや)の儀相願(あひねがひ)候旨申候得共(まうしさふらえども)、決(けつし)て留守の事にも候間(あひだ)難成(なりがたき)旨申斷(まうしことわり)候處、尚又其翌夜も同樣に付、又々相咎(あひとがめ)候處、聊か氣遣(きづかひ)の儀有之(これある)ものには無御座(ござなく)候、御斷(おんことわり)申(まうし)候上(うへ)にて御取用(おんとりもち)ひも有之間敷(これあるまじく)、何分(なにぶん)勘辨相願(かんべんあひねがひ)、謝禮金の由にて包金(つつみがね)相渡(あひわたし)候故請取(うけとり)、奧方に申開(まうしひらき)候處、夫(それ)は以(もつ)て外の事なり、早々可相返(あひかへすべし)との事、右のものを相尋(あひたづね)候處、何方(いづかた)へ行(ゆき)候や壹人(ひとり)も不相見(あひみえず)。何れ一兩日中には、何れとか可相分(あひわかるべく)、住(すむ)處も不承置く(うけたまはりおかざる)事故(ゆへ)右金子留置(とめおき)、兩三日見合(みあはせ)候得共(さふらえども)高一向手懸り無之(これなし)。然るに先祖の法事有之(これあり)、菩提所へ法事料可遣(つかはすべし)と手當(てあて)有之(これある)處、兼々(かねがね)不勝手(ふかつて)にて急に藝の金子無之(これなく)、右金子を以(もつて)法事料可遣(つかはすべし)、追(おつ)て償(つぐな)ひ置(おき)可然(しかるべき)段、家來と存寄(ぞんじより)にて、右金子の内二三兩法事料に差遣(さしつかはし)、法事も相濟(あひすみ)候後、右和尚罷越(まかりこし)、何卒奧方に逢申度(あひまうしたき)由申(まうし)候故、家來を以(もつて)、主人留守の儀、奧方も少々不快の由相斷(あひことわり)候處、何分直(ぢき)に一寸(ちよつと)、用人一同に承合(うけたまはりあひ)候儀聞屆呉(ききとどけくれ)候樣(やう)、達(たつ)て申(まうし)候間、無據(よんどころなく)對面有之(これある)處、右法事料の金子、何方(いづかた)より出(いで)候哉(や)、承合(うけたまはりあひ)候故、奧方も家來も甚(はなはだ)赤面當惑にて、右はいかやうの仔細にて御尋(おたづね)候や承(うけたまはり)候處、右金子は當寺本堂建立の儀、施主より追々(おひおひ)寄附等有之(これあり)、不取散爲(とりちらさざるため)に、あらたに極印(こくいん)を拵へ壹兩づゝ極印をも打(うち)積置(つみおき)候處、近頃右の金子の内七十三兩紛失の由、然處(しかるところ)此間(こあひだ)の御法事料不殘(のこらず)有極印(こくいんある)故、御聞合申(おんききあひまうし)候段申(まうし)候間(あひだ)、奧方家來共(とも)大きにをどろき、右はかくかくの事にて受取(うけとり)候金子にて、取仕廻可相返(とりしまひあひかへすべし)と右のもの罷越(まかりこし)候を相(あひ)まち候へ共(ども)、其後沙汰も無之(これなく)、此度(このたび)法事料差進(さしすすめ)候に付(つき)、不勝手(ふかつて)故(ゆゑ)外(ほか)金子手元に不有合(ありあはざる)故、右仕廻置(しまはしおき)候金子の内(うち)差進(さししん)じ、扨々(さてさて)面目(めんぼく)もなき事と、申斷(まうしことわり)れば、和尚大きに驚(おどろき)、右金子紛失の員數(いんじゆ)も凡(およそ)符合いたし、寺内(じない)末々(すゑずゑ)迄穿鑿(せんさく)いたし候へ共(ども)怪敷(あやしき)儀も無之(これなく)、外より盜賊入(いる)と申(まうす)儀も無之(これなき)處、寺内に數年飼置(かひおき)候猫、其砌(みぎり)よりかいふつ不相見(あひみえず)、全(まつたく)猫の仕業なるべしと語りければ、奥方家來も供に驚怖(きやうふ)なし、右仕廻(しまはし)候金子に右法事料の金も足(た)し候て、右寺へ相納(あひをさめ)しとなり。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:なし。妖猫譚のキリ。異様に漢文脈であるが、それだけに準公式の事件報告書の体(てい)を成して見え、リアリズム全開である。掉尾から二つ目に相応しいフルボディの味わいがある。それにしてもこの奥方、細かいことに五月蠅い割りに、金の使い回しには容易に賛成しているところが面白いではないか。

・「巣鴨」岩波の長谷川氏注に、現在の『豊島区の巣鴨・大塚・駒込の町名の地』とある。ウィキの「巣鴨」を見ると、『江戸期には武蔵国豊島郡に現在の豊島区の東半分を占める地域に巣鴨村が存在し』、十八世紀半ばには『江戸市中の拡大と共に、巣鴨村の一角に巣鴨町上組・中組・下組が起立。江戸町奉行所の支配下に置かれる』ようになったとある。

・「大御番」既注

・「文化十一年の四月」「卷之十」の記載の推定下限は文化一一(一八一四)年六月であるから、直近の二箇月前。

・「二條在番」「大番」の既注に記したように、大番の警護する要地には江戸城の他に二条城及び大坂城が含まれており、それぞれに二組が一年交代で在番した。

・「聊か氣遣の儀有之ものには無御座候、御斷申候上にて御取用ひも有之間敷、何分勘辨相願」……最後の最後に近こぅなって……この部分、現代語訳には自信、これ、御座らぬ。大方の御叱正の程、宜しゅう相い願い奉りまする。……

・「かいふつ」副詞。絶えて。すっかり。全く。調べた小学館の「日本国語大辞典」にはなんと! 用例として本「耳嚢」の「巻之四 狐狸のために狂死せし女の事」の「其宿をも尋ね問ひけれどもかいふつと見えざれば」が引かれている!(但し、引用の底本は本底本とは異なるもので、私のものでは「其宿をも尋問けれども曾て見へざれば」となっている)

・「二三兩」訳では三両とした。御用達サイト贋金両替商「京都・伏見 山城屋善五郎」の「江戸時代の諸物価(文化・文政期)」によれば、三十万円相当となる。
 
 

■やぶちゃん現代語訳

 

 猫の怪談の事

 

 巣鴨に住まう大御番(おおごばん)に関わる話と申す。名も聴いたが失念致いた。

 その某(なにがし)が文化十一年の四月、二条城在番として江戸を出立(しゅったつ)致いた、その直後のことと申す。

 ある夜(よ)のこと、某(なにがし)留守宅の中間部屋にて、踊り騒いで、殊の外、大勢にて、歌は唄うわ、踊りは躍るわ、あまりにも賑やかが過ぐる様子なれば、

「――御主人様御留守の折りなるに、かくなる騒ぎは、これ、如何なものか?」

と、奥方様より不快の趣き、これ、御座ったによって、留守居役の家来の者、早速に中間部屋へと走り、中を検(あらた)めみたところが、そのような大騒ぎをなせる跡は、これ、全く御座らなんだによって、奥方様へは、その旨、申し上げた。

 ところが、翌晩もこれ、同様の騒ぎの聴こえて参ったによって、また、命ぜられた留守居の者、中間部屋に出向き、検(あらた)めてみたところが、これ、どうも――中間部屋にてはなく――その隣の屋敷の境にある空き長屋――これまた、辺りには、てんで好き勝手に物置同様に使われておった場所とのことなるが――から、その騒ぐのが聴こえて参るように思われた。

 そこで一旦、屋敷を出でて廻り込み、その長屋を検(あらた)めんとしたところが、中より見知らぬ者、これ、一人出でて参って、

「……ここの空き長屋にて、少々これ、宿願の儀の御座って、同志の者、集(つど)って、一種の祭礼祈禱の如き仕儀を致して御座る。……」

といった理由を述べた上、

「……どうか……あと一晩だけ……これ、ご容赦願いたく存ずる。……」

と申し乞うて参ったものの、留守居はこれ、

「――当主(あるじ)留守中の事にても御座れば、それは成し難きことじゃ。」

ときっぱりと断った。

 ところが、その翌日も、これ、またしても同様の騒ぎの聴こえて参ったによって、この度は留守居自らが聴き耳を立てて御座ったれば、即座に、かの長屋へ至り、咎めだて致いたところ、

「……聊かも御心配に及ばるるようなる怪しき者どもにてはこれ、御座らぬ。……昨日(さくじつ)は確かに、お断りなされて御座ったによって……再応、お許しを戴くことはこれ、あるまいとは存じますれど……どうか一つ――これにて――何分、御勘弁下されまいか?……」

と願い出るそばから、

「――お騒がせ致いたことへの謝礼――の金子にて――御座る。」

と、金包みを留守居役が家来へ渡して御座った。

 思わず受け取ってしもうたが、これがまた――ずっしりと重い。

 留守居の家来、この金子を持って慌てて屋敷に戻ると、奥方の所へと参り、その委細を申し上げた。

 すると、

「――御主人様御留守の折りから、無断の金銭の授受など、これ、以ての外の事で御座いまする! 早々にお返しなされませ!」

と叱責されてしまい、また直ちに、その金子を抱え、かの長屋へと走ったところが……かの男どころか、騒いでおったはずの他の者どもも、これ、人っ子一人としておらず、静まり返って御座った。

 留守居は、

「……あれだけの人数(にんず)。……辺りの町屋の者どもの中にも、これ、何か存じ寄りの者もおろう。……孰れ、一両日中には何か分かろうものじゃ。」

と考え――そもそもがこの留守居もまたうっかり者にて、その対談致いた男の名も住所も聴かずに御座ったと申す――その大枚の金子を預かったままに、三日ほど経ったれど、これ、屋敷の留守居の中間も、また、かの空き長屋を使(つこ)うておる隣近所の町人どもも、これ、誰(たれ)一人として、かの長屋に出入りして御座った者につき、知る者のなく、一向、手掛かりがなかったと申す。

 さて、ちょうどその折りのこと、主(あるじ)出立(しゅったつ)の直前、先祖の法事の話の持ち上がって御座ったによって、出立の砌り、主(あるじ)より、菩提所へ法事料をしっかと奉じておくように、と命のこれあって、その捻出を心しては御座ったものの、これ、日頃より遣り繰りの厳しきことも御座って、急には手元にその金子を用意出来ずに困惑して御座ったと申す。

 そこに、この金子――目の前に――ある。

 そこで留守居の者、奥方へ有体(ありてい)に話を持ちかけて御座った。

 奥方は始め、難色を示されたものの、

「……法事料はいかほどで御座ろうか?」

と聴かれたによって、留守居、

「……二、三両もあれば、これ、十分かと存じますが……」

と答えたによって、奥方は、

「少しならば、のぅ。」

と、

「――その金子より三両を法事料として寺へ遣わし、おって減らしたその分は後(あと)で償(つぐの)うことと致しましょう。」

と、家来と相談の上、例の金子の内、三両を抜き取って、その法事料に宛て、その後、滞りなく法事の儀も相い済んで御座ったと申す。

 ところが、法事の終わるや、その夜のうちに菩提所の和尚、泡食って屋敷へと罷り越し、

「――何卒、奥方に御目通り願いとう存ずる!」

と乞うたによって、最早、夜も更けおれば、無礼な仕儀と、かの留守居を以って、

「――主人留守中のことにてもあり――奥方様もこれ――御体調の優れざれば。――」

と断りを入れた。

 すると、

「――何分、直かに――これ、一寸(ちょっと)――どうあっても申し上げずばならざることの出来(しゅったい)致いたによって――御主人様御留守の儀は、重々承知乍ら――さても――その御主(ごしゅ)の御名誉にも関わることなればこそ――御用人様御一同立ち合いの許にてもよろしゅう御座るによって――是非とも! これ、聞き合せなさるるよう――切(せつ)にお聞届け下さいまするよう、お願い申し上ぐる!」

と切羽詰ったる様子にて申したによって、仕方のぅ例の留守居の家来他、主だった家臣を同じき客間の端に控えさせた上、奥方、これ、和尚と対面致いた。

 すると和尚、開口一番、

「……先の法事料として頂戴致いたかの金子……これ……何方(いずかた)より出でたるものにて御座いましょうや?……」

と訊ねたによって、かの補填した金子のことの思い出され、奥方も留守居も、痛く赤面もなし当惑も致いた。

 そこで奥方、

「……そ、それは……い、如何なる子細の御座ってお訊ねにならるるで御座いましょう?……」

と聴き返したところ、

「……かの金子のことにて御座る。……当寺にては新たなる本堂建立がために、施主より、おいおい寄付の御座ったを、他の使途に誤って使(つこ)うたり、また、取り散らかしてしもうたりせぬようにと、新たに刻印を頼んで拵えまして、これ、一両ずつ、その刻印を打ちつけおいて御座いました。……が、近頃のこと、その金子の内、七十三両、これ、紛失致いてしもうたので御座る。……ところが、この度の御当家より賜わりましたる御法事料の――これ、三両――残らず、その刻印の御座ったればこそ、かく、お訊ね申した次第にて、御座る。……」

と申したよって、奥方と家来どもはこれ、大いに驚いた。

 されば奥方、

「……あ、あの金子は、かくかくの次第にて受け取って御座いましたものにて――合わせて七十両も御座いましたか?――しまいおいて返却せんと、その者の罷り越すを待っておりましたので御座いまするが……その後、とんと音沙汰もなく……この度、かの法事料、これ、少々、差し支(つ)えの御座いまして……その……有体(ありてい)に申さば……手元不如意にて都合のつかず御座いましたによって……よんどころのぅ、そのしまいおいて御座いましたる金子の内より、流用致いたものにて御座います。……何ともこれ、面目(めんぼく)なき次第にては御座いまするが……」

と弁解なされ、謝られたところが、和尚、これ、大いに驚き、

「……その金子は、これ、我らの紛失して御座る枚数ともおおよそ附合致しまする。……寺内(じない)隅々に至るまで探索致いたものの、これといって怪しい箇所ものぅ、またこれ、外(そと)より盗賊の押し入ったる形跡も、これ、全く御座いませなんだ。……ただ一つ……寺内にて、数年に亙り飼いおいて御座った猫が……その金子紛失の一件の起こったる日より、これ、姿の見えずなって御座いました。……これは……全く以って! その猫の仕業に違い御座いませぬ!!……」

と語った。

 それを聴いた奥方も家来どもも、これ、ともども大きに驚き怖れ、かの、しまいおいたる金子に、これ、別っして新たな法事料も足し添えたる上、その菩提寺へと納めた――とのことにて御座ったよ。

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