志賀理斎「耳嚢副言」附やぶちゃん訳注 「追加」 (Ⅸ)
一 家紋蛇の目の外に猶(なほ)有(あり)しよしなれども、壯年の時着用の上下(かみしも)・小袖など、こくもちと稱してたゞ丸く染置(そめおき)たるを其まゝ用ゆるに便利なりとて、蛇の目斗(ばか)りをつくる事とす。微々(びび)たりし時は別にもんかゝする事もせず、かのこくもちの中へみづから墨を以てぬり、蛇の目となしゝも着用有し由。
[やぶちゃん注:
・「家紋蛇の目」中央に白い丸の開いた黒いドーナツ型のシンプルな家紋。邪眼を思わせる極めて呪術的な紋様である。紋様を見るために播磨屋氏の強力な家紋サイト「家紋World」内の「名字と家紋」の「蛇の目紋」をリンクさせておく。
・「こくもち」「石持」「黒餅」。元来は紋の名で、黒い円形で中に文様のないもの。ルーツは矢口の祭り(武家に於いて男子が初めて狩猟で獲物をしとめた際にその肉を調理して餅を搗いて祝う儀式を矢開きというが、その時、黒・白・赤の三色の餅を供えて山の神を祭った)の黒餅を象ったものとされる。但し、ここでの「こくもち」は、その形から派生した、定紋をつけるべき所を白抜きにして染め、あとでその中に紋を描き込むことが出来るようにしたもの及びそれを施した衣服などを指している。やはり、サイト「名字と家紋」の「石餅(黒餅・石持)紋」をリンクさせておく。
■やぶちゃん現代語訳
一 根岸家の御家紋には、「蛇の目」の他にもなお、別なものもあらるるとのことで御座ったが、壮年の時、着用なさっておられた裃(かみしも)や普段の小袖などには、
「――こくもち――と称して、ただ中を白く丸く染め抜いただけのものに、これ、ちょちょっと黒い輪を染めたを、そのまま用いればよいのじゃから、まっこと、便利じゃて。」
と、蛇の目ばかりの紋所を、専ら、お作らせになさっておられた。
お若い時分には何でも、別に職人に紋を染めさせなさることもなさらず、かの――こくもち――の中を、自ら墨を以て――ぐるん!――と塗られて、「蛇の目」となしたるものをも、これ、着用なさっておられたとか申す。]