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2015/05/24

飯田蛇笏 山響集 昭和十四(一九三九)年 冬(Ⅰ)

〈昭和十四年・冬〉

 

藪の端に大年移る月錆びぬ

 

燈して祝典の姫花嚔(はなひ)りぬ

 

   遊龜公園

 

白鵞泛き八方の樹々冬かすむ

 

[やぶちゃん注:「泛き」は「うき」(浮き)と読む。]

 

暾あまねし温室を出て寄る藁焚火

 

[やぶちゃん注:「暾」は数例前出するが、やはり「ひ」と訓じていよう。朝日の謂い。]

 

寒禽に寄生木の雲ゆきたえぬ

 

瀧川の冬水迅くながれけり

 

湯ざめして卓の寳玉ひたに愛づ

 

窓掛に苑の凍光果(くわ)をたもつ

 

絨毯の跫音吸うて冬日影

 

ふところに暮冬の鍵(かぎ)のぬくもりぬ

 

冬もみぢ端山の草木禽啼かず

 

凍て強しなが蔓に搖る山鴉

 

たちばなに冬鶯の影よどむ晝

 

[やぶちゃん注:「冬鶯」は「とうあう(とうおう)」と音読みしていよう。]

 

神農祭聖(きよ)らなる燈をかきたてぬ

 

[やぶちゃん注:「大辞泉」には、漢方医が冬至の日に医薬の祖である神農氏を祭る行事とあり、用例にはズバリ本句が引かれてある。]

 

凍光に放心の刻(とき)ペチカもゆ

 

祝祭の嶺々嚴しくて寒の入り

 

足袋白くすこしも媚態あらざりき

 

    在家法要

 

燭もえて僧短日の餉に興ず

 

[やぶちゃん注:「餉」は「け」と訓じていよう。かれい・かれいいで、ここは法要の礼膳。]

 

壁爐燃えこゝろ淫らなるにも非ず

 

絨毯にフラスコ轉び寒の内

 

   我執偏狹

 

容顏をゆがめて見入る冬鏡

 

日輪に薔薇はかなくて氷面鏡

 

[やぶちゃん注:「氷面鏡」は「ひもかがみ」と読む。凍った水面が鏡に譬えた語。冬の季語。]

 

樹氷群れ蒼天星によみがへる

 

枝槎枒と寒禽の透く雲凝りぬ

 

[やぶちゃん注:上五は「えださがと」と読む。「槎枒」は木の枝がごつごつと角ばって入りくんでいるさまを言う。槎牙。]

 

その中に寒禽顫ふ影のあり

 

鷹まうて神座(じんざ)の高嶺しぐれそむ

 

   註――神座山はわが郷東南の天に聳ゆ

 

[やぶちゃん注:「神座山」山梨県笛吹市の御坂山地にある。標高一四七四メートル。]

 

溪すみて後山間近く時雨けり

 

   動物園にて  二句

 

楡時雨れ金鷄(きんけい)は地をあゆむのみ

 

山椒魚うごかず澄める夕しぐれ

 

[やぶちゃん注:「動物園」大正八(一九一九)年開園(本邦の動物園では四番目)の甲府市遊亀公園附属動物園か。]

 

煙たえて香爐の冷える霜夜かな

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