飯田蛇笏 山響集 昭和十四(一九三九)年 冬(Ⅰ)
〈昭和十四年・冬〉
藪の端に大年移る月錆びぬ
燈して祝典の姫花嚔(はなひ)りぬ
遊龜公園
白鵞泛き八方の樹々冬かすむ
[やぶちゃん注:「泛き」は「うき」(浮き)と読む。]
暾あまねし温室を出て寄る藁焚火
[やぶちゃん注:「暾」は数例前出するが、やはり「ひ」と訓じていよう。朝日の謂い。]
寒禽に寄生木の雲ゆきたえぬ
瀧川の冬水迅くながれけり
湯ざめして卓の寳玉ひたに愛づ
窓掛に苑の凍光果(くわ)をたもつ
絨毯の跫音吸うて冬日影
ふところに暮冬の鍵(かぎ)のぬくもりぬ
冬もみぢ端山の草木禽啼かず
凍て強しなが蔓に搖る山鴉
たちばなに冬鶯の影よどむ晝
[やぶちゃん注:「冬鶯」は「とうあう(とうおう)」と音読みしていよう。]
神農祭聖(きよ)らなる燈をかきたてぬ
[やぶちゃん注:「大辞泉」には、漢方医が冬至の日に医薬の祖である神農氏を祭る行事とあり、用例にはズバリ本句が引かれてある。]
凍光に放心の刻(とき)ペチカもゆ
祝祭の嶺々嚴しくて寒の入り
足袋白くすこしも媚態あらざりき
在家法要
燭もえて僧短日の餉に興ず
[やぶちゃん注:「餉」は「け」と訓じていよう。かれい・かれいいで、ここは法要の礼膳。]
壁爐燃えこゝろ淫らなるにも非ず
絨毯にフラスコ轉び寒の内
我執偏狹
容顏をゆがめて見入る冬鏡
日輪に薔薇はかなくて氷面鏡
[やぶちゃん注:「氷面鏡」は「ひもかがみ」と読む。凍った水面が鏡に譬えた語。冬の季語。]
樹氷群れ蒼天星によみがへる
枝槎枒と寒禽の透く雲凝りぬ
[やぶちゃん注:上五は「えださがと」と読む。「槎枒」は木の枝がごつごつと角ばって入りくんでいるさまを言う。槎牙。]
その中に寒禽顫ふ影のあり
鷹まうて神座(じんざ)の高嶺しぐれそむ
註――神座山はわが郷東南の天に聳ゆ
[やぶちゃん注:「神座山」山梨県笛吹市の御坂山地にある。標高一四七四メートル。]
溪すみて後山間近く時雨けり
動物園にて 二句
楡時雨れ金鷄(きんけい)は地をあゆむのみ
山椒魚うごかず澄める夕しぐれ
[やぶちゃん注:「動物園」大正八(一九一九)年開園(本邦の動物園では四番目)の甲府市遊亀公園附属動物園か。]
煙たえて香爐の冷える霜夜かな
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