義父一周忌に実家に行ってみれば
空き巣にやられていた(月何度か姪夫婦が風通しに訪れて呉れているのであるが、先月はたまたま行けなかった)。
家中の引き出しをオープン(マージャン・パイのケースや御守り袋に至るまで)した泥棒は、何の獲物もなく――盗まれたものはなかった。もともと整理をしてあって金目のものは全くないのであった――去って行ったのであったが、侵入箇所に設置されたありものを組んだ台や、その如何にも整然配されてあることなどが、奇妙にも何か哀れを誘った。
鑑識が来てライトを照らしてゲソ痕を捜し、指紋採取も親しく実見、妻は照合のために指紋と掌紋をばっちり採られた。ナンバー・プレート(シール)を張って、妻が指を指して写真を撮る。ふと見れば、指紋採取用の印肉には「○○メイト」なんどという商標登録の名がついていたりする。
鑑識や一緒にいた姪夫婦の若い旦那と一緒に進入経路を推理すると、これはもう相棒の米沢になった気分で、妻のだけで僕は僕の指紋を採って呉れないのを秘かに不満に思ったほどである。
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