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« 薄明   村山槐多 | トップページ | 氷の涯 夢野久作 (2) »

2015/06/27

カテゴリ「夢野久作」創始 / 「氷の涯」全文電子化附注 (1)

ブログ・カテゴリ「夢野久作」を突如、創始することにした。

私の偏愛する本邦稀有の猟奇的幻想作家である。

 

「青空文庫」で多くが電子化されているものの、いつまで待っても、私が殊の外偏愛する「氷の涯」が公開されない(2006年からずっと「入力中」のママだ。……ワレ! 人を舐めんなや! ただの電子化に何で9年もかかるんじゃい!)。

 

痺れがビレビレ切れた。

――切れたら自分でやろう。

――それも多分、誰も手掛けないだろう版で

――正字正仮名で

――オリジナルに注を附して、だ。……

 

頭の中で何かのスイッチが入った……

『…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………といふ蜜蜂の唸るやな音』がして來た!……

ヤル気がムズムズわらわら湧き出してキタッツ!!……

 

本作は昭和八(一九三三)年二月刊の『新青年』に発表された。

底本は昭和八(一九三三)年五月十九日春陽堂刊日本小説文庫の単行本「氷の涯」(正字正仮名)を国立国会図書館デジタルライブラリーの画像で視認した。但し、底本は総ルビで五月蠅いから、私が難読或いは読みが振れそう或いは必要と判断したもののみのパラルビとした。踊り字「〱」「〲」は正字化した。傍点は太字とした。私が立ち止まった一部の語についてのみ、当該段落の後に簡単な注を附した。逆に言えば、私にとって達意の語については注さないということである。悪しからず。歴史的仮名遣の誤りも見られるが、そのままとして注記等は施していない。

因みに、私の所持する一九六九年第一書房刊「夢野久作全集」(第三巻所収)の同作と比すると、一部の表記・表現に改稿らしい部分が見られるが、特に大きな箇所を除いては注していない。但し、気になるのは同全集の中島河太郎氏の解題に『単行本所収に際して訂正加筆している』とある点で、この私が底本としている単行本とその全集の表記が異なることから、どうも私の底本としているのは雑誌初出形であると考えてよいようである(そもそも底本は純然たる久作の単行本ではなく、『日本小説文庫』というシリーズ本である)。私は葦書房の西原和海氏の編になる「夢野久作著作集」が全六巻で終わってしまった時、全小説作品をやってくれていたらなぁ、と秘かに残念に思った人間なのである。

 

 

 氷の涯

 

 この遺書(かきおき)を發表するなら、なるべく大正二十年後にして呉れ給へ。今から滿十個(か)年以上後(のち)の事だ。それでも迷惑のかゝる人が居さうだつたら、お願ひだから發表を見合はせて呉れ給へ。

 僕は怖いのだ。現在、背負はされて居る罪名の數々が、たまらなく恐ろしいのだ。萬一君が、僕の寃罪(むじつ)を雪(すゝ)ぐべく、この遺書(ゐしよ)を發表して呉れた場合に、こんなひどい罪に僕を陷れた責任を問はれる人が、一人でも出來てはならないと、そればかりを氣にかけてゐるのだ。そんな人々を僕が怨んでゐるかのやうに思はれるのが、自分の罪科以上にたまらなく辛いのだ。出來る事なら斯樣(こん)な未練がましい手紙なんか書かない方がいい。默つて一切合財の罪を引受けたまゝ死んで行つた方が、却つて氣樂ぢないかとさへ思ってゐる位(くらゐ)だ。

 だから僕はこの事件に關係してゐる人々の氏名や、官職名、建物(たてもの)、道路等(とう)の名稱、地物(ちぶつ)の狀況、方角なぞを、事件の本質に影響しない限り、出來るだけ自分の頭で變裝(カモフラージ)させてゐる。事實の相違や、推移の不自然を笑はれても仕方がない。たゞこの事件を記憶してゐる人々の、さうした記憶を喚び起すだけに止(とゞ)めて居る。さうして僕の此(この)事件に對する責任の程度を明らかにするだけで滿足して居る。……それ程に不愉快な、恐ろしい、驚く可き事件なのだ。

 この事件は最早、内地に傳はつて居るかも知れない。又は依然として嚴祕(げんぴ)に附せられて居るかも知れない。

 僕は現在、自分自身に對してすら辨解の出來ないくらゐ、複雜、深刻を極めた嫌疑を、日本の官憲から受けて居るのだ。捕つたら最後八ツ裂にされるかも知れない恐ろしい嫌疑を……。

 僕……陸軍歩兵一等卒、上村作次郎(うへむらさくじらう)が、哈爾賓(ハルピン)駐劄(ちゆうさつ)の日本軍司令部に當番卒として勤務中に、司令部附(づき)の星黑(ほしくろ)主計と、十梨(となし)通譯と、同市一流の大料理店、兼、待合業(まちあひげふ)「銀月(ぎんげつ)」の女將(おかみ)、富永(とみなが)トミの三人を慘殺して、公金十五萬圓を盜み出した……同時に日本軍の有力な味方であった白軍(はくぐん)の總元締(そうもとじめ)オスロフ・オリドイスキー氏とその一家を中傷、抹殺し、同氏の令孃ニーナを誘拐した上に、銀月を燒き拂つて赤軍に逃げ込んだものに相違ない……だから、それに絡まる賣國、背任、横領、誣告(ぶこく)、拐帶(かいたい)、放火、殺人、婦女誘拐、等(とう)々々……と言ったやうな想像も及ばない超記録的な罪名の下(もと)に、現在、絶體絶命の一點まで追ひ詰められて來て居るのだ。

[やぶちゃん注:●「駐劄」駐箚も同じい。外交官などが任務のために暫くの間、外国に滞在・駐在すること。 ●「拐帶」「誘拐」の意もあるが、ここは後に「婦女誘拐」が出るから、今一つの意、預けられた金品を持って行方を眩(くら)ます「持ち逃げ」の意。 ●「オスロフ・オリドイスキー」実は第一書房版全集第三巻(以下、鍵括弧附きで「全集」と呼称する)の「氷の涯」には本文三ページ目に『主な登場人物』の一覧が表になって載っている(但し、これは夢野本人の手になるものではなく、全集編者によるものである可能性があるので総てを引くことはしない)が、そこには『キタイスカヤの「セントラン」(もと旅館、今は司令部のある建物)の所収主、白露の陰謀政治家』とある。 ●「ニーナ」同前の登場人物一覧に『オスロフの養女、十九歳』とある(戦前であるから数え)。]

 勿論、そんな戰慄的な大事件が次々に哈爾賓で渦卷(うづま)き起つたのは事實だ。同時に僕が、そんな事件の中心になつて居る哈爾賓駐劄の日本軍司令部に、當番卒として勤務してゐた事も、たしかな事實に相違ない。

 しかし夫(そ)れにしても、そんな大事件を捲き起すべく餘りにも無力な僕……むしろ小さな、間接的な存在に過ぎなかつたであらう一兵卒(ぺいそつ)の僕が、どうして其樣(そん)な怪事件の大立物(おほだてもの)と見込まれるに到つたか……白狀する迄もなく、中隊でも一番弱蟲の小心者と言はれてゐた僕が、どうして日本軍、白軍、赤軍の三方(ぱう)から睨み付けられ、警戒され、恐れられて、生命(せいめい)までも脅やかされる立場に陷つて來たのか。さうして其の眞相を發表する機會をトウトウ發見し得ないまゝ、思ひもかけない氷(こほり)の涯(はて)に生涯を葬らなければならなくなつたのか……といふ疑問は、現在でも、多少に拘はらず抱いてゐる人が居るに違ひないと思ふ。たとへば僕の平生(へいぜい)を知つて居る戰友や、直屬の上官なぞ……その疑問を今から解き度(た)いと思つて居るのだ。その變幻不可解な慘劇(ざんげき)の大渦卷(おほうづまき)を作り出した眞相の數重奏(すうぢうそう)を、此の手紙の中に記錄してみたいと考へて居るのだ。

[やぶちゃん注:●「思ひもかけない氷(こほり)の涯(はて)に生涯を葬らなければならなくなつた」殆んどの読者がこれを当初、極東極寒の地の涯に果てて行った主人公の比喩的な表現としか読まないように抑制しているところに、夢野の巧さを味わいたい。驚くべきことに、実に本作本文中では「氷」はたった八回、「涯」に至っては「生涯」が二度あるのを除くと「涯(はて)」はここ一箇所でしか使われていないのである。 ●「直屬の上官なぞ……その疑問を今から」第一書房版ではここが(恣意的に正字化した)、『直屬の上官なぞ……そんな人々のそうした疑問を今から』となっている。明らかに分かり易く書き加えていることが分かる。]

 決して口惜(くや)しいから書くのぢやない。かうして正義を主張するのでもない。僕は、さうした事件の全部に對して、云ふに云はれぬ良心的の責任を負うて居るのだから……。此の事件の素晴らしい旋囘力(せんくわいりよく)に抵抗し得なかつた僕自身の無力を、中心(ちうしん)から恥ぢ悲しんで居るのだから……。

 さもなくとも戰時狀態の大渦紋(だいくわもん)の中では種々(いろいろ)な間違ひが起り易いものだ。しかも、それは、いつでも例外なしに深刻を極めた、恐怖的な悲劇であると同時に、世にも馬鹿々々しい喜劇に外ならないのだ。さうして次から次に忘れられて、闇から闇へと葬られて行(ゆ)き易いのだから……。

 のみならず僕は、君も知つて居る通りの文學靑年だ。今でもチツトモ變つてゐない。……あやまつて美術學校(チヤカホイ)に這入(はひ)つてつて、過(あやま)つて戀をして、過(あやま)つて退校されるとソレツキリの人間になつてしまつた。スツカリ世の中がイヤになつた揚句、活動のピアノ彈きからペンキ職工にまで轉落してゐるうちに兵隊に取られた。それから上等兵候補になつて、肋膜で落第すると間もなく出征して、現在、哈爾賓駐劄の○○○團(だん)司令部に所屬してゐる意久地(いくぢ)の無い一等卒だ。たゞそれだけの人間だ。惜しがる程の一生ぢやない。恥かしがる程の名前でもない。親も兄弟も無いんだからね。

[やぶちゃん注:●「美術學校(チヤカホイ)」このルビはロシア語なんどと勘違いしそうだが、調べて見ると「チャカホイ」というのは囃し文句で、『何だ此の野郎柳の毛虫、払ひ落せば又あがる チャカホイ』(一番歌)で始まる東京芸術大学美術学部の前身である東京美術学校の校歌「チャカホイ節」のことと判明した。デカンショ節と同じく学生歌かと思われるが、「全國大學專門學校高等學校校歌集」(昭和三(一九二八)年郁文堂書店刊か?)の九十一番目に載るということ(上記歌詞ともに個人ブログ「愛唱会きらくジャーナル」の「東京美術学校校歌~チャカホイ節~東京音楽学校?」記事に拠る)、歌詞が卑猥ということから戦争中に禁止されてしまったということ(pincopallino2氏のブログ「パスクィーノ~ローマの落首板」の「東京外語の歌」の記事の末尾に美術学校の歌として拠る)が載るので「校歌」なのであろう。]

 但(たゞし)……タツタ一人(ひとり)君だけは僕を惜しがつて呉れやしないかと思つて居る。僕を何(なに)かの藝術家にすべく彼(あ)れだけの鞭撻を惜しまなかつた君だからね。

 しかし僕は君の鞭撻に價しない人間だつた。僕は一種の虛無主義者(なまけもの)だつた。默々としてコンナ運命に盲從しつゝ落込んで行つた……。

 だからたゞ君に對してだけは何となく心掛りがしてゐる。此儘默つて死んで行つては濟まない樣な氣がするから此手紙を書くのだ。

 此手紙を僕は、この浦鹽(うらじほ)に居る密輸入常習の支那(しな)人崔(さい)に託する。崔は來年氷が溶けてからこの手紙を一番信用のある戎克(ジヤンク)に託して上海(シヤンハイ)で投函させる約束をして呉れた。だから此手紙が君の手に屆くのは多分夏頃になるだらう。

[やぶちゃん注:●「支那人」第一書房版全集は「中国人」となっている。言わずもがな乍ら、これは私は夢野の改訂ではないと思う。全集の解題その他には編者による差別語変更注記は、ない。こういう所も第一書房版の胡散臭いところなのである。]

 迷惑だらうが讀んでくれ給へ。あとは紙屑籠に投げ込んでもいゝ。それでも僕は報いられ過ぎるだらう。

[やぶちゃん注:以下、一行空き。]

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