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« 毛利梅園「梅園魚譜」 ハコフグ | トップページ | 明恵上人夢記 50 »

2015/06/04

毛利梅園「梅園魚譜」 ハリセンボン

 
 Harisenbon
 
〔「食物本草」。〕

 綳魚(はうぎよ)〔一種、ハリセンボン。〕〔海産。〕

〔佐渡の國界(くにざかひ)の實記。〕

 針千本

 

 本江氏所藏。之を乞ひて、保十

 〔己亥。〕年四月十日、眞寫す。

 

針千本。漢名、「魚虎」、又、「鬼頭魚」なりと

充つる者あり。非なり。「魚虎」は「簑(みの)カケフグ」なり。

針千本に似て、其の刺(トゲ)、伏して、簑を著(キ)たる

がごとし。其の刺、直立(スヽタチ)する者、則ち、針千本なり。

魚(はうぎよ)の類、猶ほ多し。盡くは知るべからず。佐

渡には三十種の異魚あり。大厩(おほむね)を記す。

針千本   箱フグ  鯛の聟源八

禿骨畢列(トコイ) 龍宮の鷄

鉦敲魚(カネタヽキ) 海馬

瘤鯛(カンダイ) 此の類三十首ありと跡は未詳。

[やぶちゃん字注:「」=「魚」+「朋」。]

 

[やぶちゃん注:条鰭綱フグ目ハリセンボン科ハリセンボン Diodon holocanthus の怒張し状態に模して乾燥させた加工品の図(掲げたのは国立国会図書館デジタルコレクションの「梅園魚譜」の保護期間満了画像)。ウィキの「ハリセンボン」によれば、本邦では本州以南に分布し、『腹びれがないこと、顎の歯が癒合していること、皮膚が厚いこと、敵に襲われると水や空気を吸い込んで体を大きく膨らませること、肉食性であることなど、フグ科と共通した特徴を多く持っている』。但し、フグ科の歯は上下二つずつ、合計四つになっているのに対し、ハリセンボン科の歯は上下一つずつ、合計二つである(荒俣上掲書によれば上下それぞれの二枚が癒合しているとある)。科名の“Diodontidae”というのも「二つの歯」もこれに由来する。『フまた、グによく似るが毒はな』く、沖繩では私の好きなあばさー汁にしてよく食す。『この科の最もわかりやすい特徴は皮膚にたくさんの棘があることで、「針千本」という和名も "Porcupinefish"Porcupine=ヤマアラシ)という英名もここに由来する。なお実際の棘の数は』三百五十本前後で、『和名のように千本あるわけではない。棘は鱗が変化したもので、かなり鋭く発達する。この棘は普段は寝ているが、体を膨らませた際には直立し、敵から身を守ると同時に自分の体を大きく見せるのに役立つ。ただしイシガキフグなどは棘が短く、膨らんでも棘が立たない』。『浅い海の岩礁、サンゴ礁、砂底に生息する。他のフグ目の魚と同様に胸びれ、尻びれ、背びれをパタパタと羽ばたかせながらゆっくりと泳ぐ。食性は肉食性で、貝類、甲殻類、ウニなど様々なベントスを捕食する。丈夫な歯で貝殻や甲羅、ウニの殻なども噛み砕いて食べてしまう』とある。

「食物本草」明の盧和原撰(一五〇〇年前後)・汪穎補編(一五五〇年頃)になる通常の食物となるものに限った本草書。

「綳魚」既注であるが、再掲する。寺島良安「和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚」に「すゝめうを 海牛 うみすゝめ 綳魚」がある。良安の記載から、明の盧和(ろわ)原撰(一五〇〇年前後)・汪穎(おうえい)補編(一五五〇年頃)になる通常の食物となるものに限った本草書「食物本草」から引いた漢名であることが分かる。「綳魚」の「綳」は「繃」で、「たばねる」の意。これはまさにハリセンボンが通常時、怒張していない時の棘を畳んだ状態を指し示していると私は解く。リンク先(私の電子テクスト)も是非、参照されたい。

「佐渡の國界の實記」原典は「佐渡國界實記」という文字列であるが、これ、どう考えても書名とは思われない。以上のように訓読した。大方の御批判を俟つ。

「本江氏」不詳。

「保十〔己亥。〕年四月十日」西暦一八三九年五月二十二日。

『針千本。漢名、「魚虎」、又、「鬼頭魚」なりと充つる者あり」』ここで梅園は「海虎」と「針千本」は異種であるという主張をしていることに注目したい。荒俣宏氏の「世界大博物図鑑2 魚類」の「ハリセンボン」によれば、李時珍の「本草綱目」に出る「魚虎」を本邦のハリセンボンに同定した最初は小野蘭山の「本草綱目啓蒙」で、「新註校定国訳本草綱目」で魚類を担当した魚類学者木村重(しげる)もこの説をとったとある。では「本草綱目」の「魚虎」を実際に見てみよう。

   *

魚虎〔「拾遺」〕

(釋名)土奴魚〔「臨海記」〕。

(集解)〔(藏器曰)生南海。頭如虎背皮如猬有刺、著人如蛇咬。亦有變爲虎者。(時珍曰)按「倦游錄」云、海中泡魚大如斗、身有刺如、能化爲豪豬。此即魚虎也。「述異記」云、老則變爲鮫魚。〕

(氣味)有毒。

   *

シャチの項でも述べたが、これを寺島良安は「和漢三才圖會 卷第四十九 魚類 江海有鱗魚」の「しやちほこ 魚虎 イユイフウ」の項で、

   *

「本綱」に『魚虎、南海中に生ず。其の頭、虎のごとく、背の皮に猬[やぶちゃん注:ハリネズミ。〕のごとくなる刺有りて、人に着けば、蛇の咬むがごとし。亦、變じて虎と爲る者有り。又云ふ、大いさ斗[やぶちゃん注:柄杓。]のごとく、身に刺有りて猬のごとし。能く化して豪豬(やまあらし)と爲(な)る。此れも亦、魚虎なり。』と。

   *

とあって、大きさはマッチするとしても、化生説から何から、とても木村氏のように平然とハリセンボンに同定する気には私はならない。そもそもが例えばこの寺島にしてからが、先に掲げた「和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚」の冒頭の「鯨」の項ににはわざわざ「魚虎」を設けていて、これはその叙述と位置からしても、少なくともここでは高い確率で正しくクジラ目ハクジラ亜目マイルカ科シャチ Orcinus orca に同定しているものと私は考えるのである。

「鬼頭魚」これは現在、スズキ目スズキ亜目シイラ科シイラ Coryphaena hippurus の異名として本邦で通用する。さらに「シイラ」の中文ウィキを見ると、異名の中に「鬼頭刀」という名が附されてもある(現行の中国語のシイラの標準名は「鰍」)。さらに言えば、この「梅園魚譜」では実にスズキ系カサゴ目カサゴ亜目フサカサゴ科フサカサゴ亜科オニカサゴ属オニカサゴ Scorpaenopsis cirrhosa に当てているという事実をこそ押さえねばならぬ。ここで梅園が言う真正の「鬼頭魚」はオニカサゴであり、私もその同定(少なくとも鬼の頭の魚という名にし負うのは、という意味で、である)には諸手を挙げて賛同するものだからである。

『「魚虎」は「簑カケフグ」なり。針千本に似て、其の刺、伏して、簑を著たるがごとし。其の刺、直立(スヽタチ)する者、則ち、針千本なり』「直立(スヽタチ)」不詳だが、真っ直ぐに立つという意味であることは伝わる。この解説、読みながら思わず、何だ! これって、先に電子化した毛「トウジン/シマサキ/綳魚」に出てきた「綳魚の一種」「ハコフグ」「針フグ」と呼称している、条鰭綱フグ目ハリセンボン科イシガキフグ属イシガキフグ Chilomycterus reticulatus マンマじゃん! と叫びたくなった。梅園はそれをそっちの解説で全く触れていないのは極めて不審だけれど、私はこれはもう、イシガキフグに同定せずんばならず! という気になってる!

「佐渡には三十種の異魚あり」これは何に出るのかと調べて見たところが、馬琴だ! 彼の「燕石雑志」に初出し、後にやはり彼の「烹雑(にまぜ)の記」に載っていることが判明、幸い、後者は蔵書にあったので見たところが、これまた、そそる図とともにこれらが語られてあった(前者は早稲田大学図書館の画像データベースで今、ダウンロードしたが、ちょっと見る限りでは当該箇所を捜し出すのに時間がかかるので、ここでは精査を断念する【2015年6月6日追記:書庫の奥より「燕石雑志」も発掘、該当箇所を現認した。現在、二書の当該箇所の電子化作業に着手した。】)。その全貌は近い将来、電子化したいと思う。ここではともかくもここに挙がるものを取り敢えず、簡潔に検証してみよう。……しかし、これどうも……胡散臭い部分があるように私には思われもするのであるが(次注参照)……

「箱フグ」フグ目ハコフグ上科ハコフグ科ハコフグ属ハコフグ Ostracion immaculatus 

「鯛の聟源八」「烹雑の記」本文には「鯛(たひ)の聟(むこ)源八、〔鯛に似て極てちひさし。〕」とあるのみだが、譜図を見るとこれは!……かの発光魚として知られる棘鰭上目キンメダイ目マツカサウオ科マツカサウオ(松毬(笠)魚) Monocentris japonica じゃねえか! そうして……何と!――「広辞苑」「日本国語大辞典」といった辞書類の見出しにも「鯛の婿源八」という長々しい見出しがちゃんとあって、マツカサウオの別名とある!……いや! この年になるまで、知らなんだわい! 以下、ウィキの「マツカサウオ」より引く。『北海道以南の日本の太平洋と日本海沿岸から東シナ海、琉球列島を挟んだ海域、世界ではインド洋、西オーストラリア沿岸のやや深い岩礁地域に生息する』。『本種は発光魚として知られているが、それが判明したのは意外に遅く』、大正三(一九一四)年に『富山県魚津市の魚津水族館で停電となった時、偶然見つけられたものである』(この事実も今回初めて知った。面白い!)。『本種の発光器は下顎に付いていて、この中に発光バクテリアを共生させているが、どのように確保するのかは不明である。薄い緑色に発光し、日本産はそれほど発光力は強くないが、オーストラリア産の種の発光力は強いとされる。しかし、発光する理由まではまだよく判っておらず、チョウチンアンコウなどのように餌を惹きつけるのではないかという可能性がある』。『夜行性で、体色は薄い黄色だが、生まれたての幼魚は黒く、成長するにつれて次第に黄色味を帯びた体色へと変わっていくが、成魚になると、黄色味も薄れ、薄黄色となる。昼間は岩礁の岩の割れ目などに潜み、夜になると餌を求めて動き出す』。『背鰭と腹鰭は強力な棘となっており、外敵に襲われた時などに背鰭は前から互い違いに張り出して、腹びれは体から直角に固定することができる。生きたまま漁獲後、クーラーボックスで暫く冷やすとこの状態となり、魚を板の上にたてることができる。またこの状態の時には鳴き声を聞くこともできる』。『和名の由来通り、マツの実のようにややささくれだったような大きく、固い鱗が特徴で、その体は硬く、鎧を纏ったような姿故に英語ではKnight FishArmor Fishと呼び、パイナップルにも似た外観からPinapple fishと呼ぶときもある』。『日本でもその固い鱗に被われた体からヨロイウオ、鰭を動かすときにパタパタと音を立てることからパタパタウオとも呼ぶ地方もある』。『体は比較的小さく、成魚でもせいぜい』十五センチメートル程で、『体に比べ、目と鱗が大きく、その体の構造はハコフグ類にも似ている。そして、その体の固さから動きは遅く、遊泳力は緩慢で、体の柔軟性も失われている』。『餌は主に夜行性のエビなどの甲殻類だといわれる』。『本種はあまり漁獲されないことから、経済効果にはそれほど貢献しないものの、食用にされている』。『加熱すると鱗が取れ、中の肉を食べやすくなる。白身でやや柔らかく、美味な食感である』。『緩慢な動きがユーモラスなので、水族館で飼育されたり、内臓を取って干した個体を置物として売る場合もある』とある。気になるのは、何故「鯛の聟源八」かだ! 何故か知らん、軍事用語サイト」に「鯛の婿の源八」とあって、『佐渡に鯛の婿源八という魚あり。しか名づけたる故は知らず」(燕石雑志)』とある。しかし、本当にこれは佐渡の方言なのだろうか?……どうも胡散臭い。さらに調べて見ると、馬琴の「南総里見八犬伝」研究をなさっておられる冨地晃裕氏のサイト「冨地晃裕絵画館」の八犬伝関連雑文3に『鯛聟源八」』とあって、同作の登場人物『石亀屋次団太の旧名』とあり、以下、『石亀の地団駄《「雁が飛べば石亀も地団駄」の略。身の程を考えないで、他をまねようと力んでも限界があることのたとえ》浜路が旧名の正月に重点的な意味があったように、次団太の旧名である鯛聟源八に注目しなくてはならない』。『鯛の聟源八 マツカサウオの別名、と出てくる。こんな名前の魚が本当にいるんだ、と喜んではダメ。源八に注目である。源八=げんぱち=現八であり、現・八郎である。石亀屋次団太と出会う小文吾には義実の役回りがふられていることが多い。つまり八郎と義実の出会いによって物語は動いていく契機を与えられるので、ここでも同様である。八郎と義実・玉梓に対して次団太と小文吾・船虫の対になっている。こう書くからと言って玉梓と船虫が関係あるというのではない。話の構造上対になっているというだけのことだ』。『あるじは鯛聟源八と呼ばれたる(231)とサラっと流してしまうのが馬琴のいつもの手である』という如何にも意味深長な解説があるのである。私は「八犬伝」を読んだことがないから(妻は愛読者で二度通読しているようだが)、この冨地氏の語りの意味が半可通なのだが……しかし……これ、どうも……稀代のコピー・ライターであった馬琴が、佐渡方言と称して、実は自作の「八犬伝」の登場人物石亀屋次団太の旧名に引っ掛けてでっち上げた異名なのではあるまいか?……切に識者の御教授を乞うところである。……

「禿骨畢列(トコイ)」原文は「畢」に「イ」ともう一字振っているが、読めない(「列」にはルビがない)。しかし、「烹雑の記」には『禿骨畢列〔とこひれ魚〕』と詳細キャプション附きで異形の図が示されてあって、本文にも『とこひれ〔文鰡魚に似たり。六ノ稜及小刺あり。〕』とあることから、これはもう! 関東で「ハッカク」(八角)の名で知られる、現在の棘鰭上目カサゴ目カジカ亜目トクビレ科トクビレ亜科トクビレ Podothecus sachi のことと目から鱗!

「龍宮の鷄」「烹雑の記」には本文に『龍宮の鷄〔鬼頭魚の奇品。〕』として、図とキャプションがある。この名と図を凝っと見ていると……「龍宮の使い」みたいに長くはない……「鶏」であるからは、赤い鶏冠(とさか)があるんだろう……図では刎部の上にひょろりと特異的な突起がある(この図には頭の張り出し部分が死後に欠損したものを描いたように私には見える)……臀鰭がある、といった点から私は取り敢えず、これは深海魚の――アカマンボウ目アカナマダ科アカナマダ Lophotus capellei 或いはそれに近い種なのではないか?――という直感が働いていることを述べておこう。

「鉦敲魚(カネタヽキ)」これも「烹雑の記」本文には『鉦たゝき〔鏡鯛に似たり。〕』とあっさりしているものの、はっきりした附図とキャプションがあり、その絵と、キャプション中の『両面に黒圓(くろまろき)紋(もん)あり』という叙述、及び漁師がこの魚を『的魚(まとうを)といふ』という記載から、もう、新鰭亜綱棘鰭上目マトウダイ目マトウダイ科マトウダイ Zeus faber と見た。

「海馬」トゲウオ目ヨウジウオ亜目ヨウジウオ科タツノオトシゴ亜科タツノオトシゴ属 Hippocampus の大型種の大型成体個体と思われる。本邦産のタツノオトシゴ類は本朝食鑑 鱗介部之三 海馬の私の注を参照されたい。

「瘤鯛(カンダイ)」これは現行でもスズキ目ベラ亜目ベラ科タキベラ亜科コブダイ Semicossyphus reticulatus ♂――頭部の上下が異様に大きく瘤状に膨れあがっている♂――の呼称である(本種は成長過程で♀から♂へ性転換する雌性先熟である)……ああっ!……またまたまたまたまた……芋蔓式観念連合の電子化予約がこれ、殖えてしもうたなぁ……

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