毛利梅園「梅園魚譜」 鬼頭魚(オニオコゼ)
鬼頭魚〔一種。〕鬼カサゴ。山神〔ヲコゼと云ふ。〕。
此の者、漁人、風雨(しけ)のつゞく時、兼ねて家にて
乾かして藏へ置き、其の時、取り出だし山神を祈り
て大猟の有ることを願ふ。山神を祭る
ことは風雨を晴らしめんが爲(ため)なり。魚商、
尤も、外に説をなす。非なり。
乙未十二月廿七日、倉橋氏より
之を送る。眞寫す。
[やぶちゃん注:「梅園魚品図正」巻二より(掲げたのは国立国会図書館デジタルコレクションの「梅園魚品図正」の中の当該保護期間満了画像。下図の「ハコフグ」は既に電子化済み)。条鰭綱新鰭亜綱棘鰭上目カサゴ目カサゴ亜目フサカサゴ科 Scorpaenidae(或いはオニオコゼ科 Synanceiidae )オニオコゼ亜科オニオコゼ Inimicus japonicus 。漢字では「鬼鰧」「鬼虎魚」、地方名では「アカオコゼ」(東京)、「オクジ」(秋田県男鹿)、「シラオコゼ」(小田原)、「ツチコオゼ」(和歌山県田辺)の他、「オコシ」「オコジョ」「オコオジン」「アカオコゼ」があり、一般的には単に「オコゼ」と呼ぶことが多い。関東以南の太平洋と新潟県以南の日本海及び東シナ海に分布する暖海性種。浅海性で生息範囲は沿岸の岩礁域から水深二百メートルの砂泥地まで広く棲息する。食性は肉食性で、底生性で通常はあまり泳ぎ回らず、海底に潜んで体色によって砂や石に擬態、知らずに近づいて来る小魚などを素早く捕食する。体色は黄色から赤紫褐色まで、不規則模様から模様のない単色のももまで多様な色彩変異を示す。頭部は縦扁し口は上向きにつき、体部は側扁する。体表は他のカサゴ類と同様に、疣状・房状の突起が発達し、特に頭部の凹凸が著しく、場合によっては皮膚が剥がれているかのようにも見える。体長は二十~二十五センチメートル程度であるが、最大長では二十九センチメートルに達する個体もある。背鰭は毒腺を備えた十六~十八本の棘条と五~八本の軟条で構成されるが、この毒腺は刺されると激しく痛む。旬は冬から春。私の好物で唐揚げにして余すところなく食え、非常に美味であるが、近年漁獲高が減少しており、高級魚扱いになりつつある。以上は、主に望月賢二氏の「魚の手帖」及びウィキの「オニオコゼ」に拠ったが、後者には『ヤマノカミという俗称は、本種の干物を山の神への供物にする風習があったことによる。山の神は不器量なうえ嫉妬深い女神で、醜いオコゼの顔を見ると、安心して静まるのだという』。南方熊楠は随筆「山神オコゼ魚を好むということ」でこのことに触れていて、『それによると和歌山県南部にはオコゼを山の神に奉って儲けた伝承が幾つか知られ、たとえば山奥で木を伐採したが川の水量が少なくて運べなかったとき、オコゼを奉ると大雨が降って運べるようになったという。日向地方では漁師が懐にオコゼを隠し持ち、『これを差し上げるのでイノシシを出してほしい』と願うと取れる。その後、同じ魚を持って同じように願うと、山の神はオコゼほしさに何度でもイノシシを出してくれるとも』いうとある。詳細は私の古い電子テクスト、南方熊楠「山神オコゼ魚を好むということ」をお読み頂ければ幸いである。ここで梅園が「魚商、尤も、外に説をなす。非なり」というのは、熊楠が「舟師山神に風を禱るにこれを捧ぐ」以外に縷々述べているところの、多様な伝承(特に熊楠が詳しく述べている山の神を女神とするあまたの性的なニュアンスの部分であろうと推測される。この「非なり」という強い拒否に私はその雰囲気を強く感じるのである)を流言飛語の類いとして退けているものであろう。和名の「オコ」とは、容貌が痴(おこ)である――思わず笑い出してしまうほどに醜く滑稽なこと、形が奇っ怪極まりないことを意味し、「シ・ジ」や「セ・ゼ」は魚名語尾で、オニオコゼは「鬼の如く醜い容貌の魚」の意である。なお、「魚の手帖」で望月氏は本図について、『毒を持つ背棘(はいきょく)と棘間(きょくかん)の鰭膜(きまく)の切れ込み、凹凸のはげしい頭部の形状など本種の特徴がよく描かれている。しかし、背鰭(せびれ)と尾鰭(おびれ)の後部にあたる軟条はやや不正確のようである』とある。特に背鰭後部は独立した鰭の様に特異的に孤立して大きく、図は明らかに小さ過ぎる。
「乙未十二月廿七日」天保六年十二月二十七日で、グレゴリオ暦では一八三六年二月十三日である。
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