君に 村山槐多 (附注 「全集」版表記への大いなる疑問)
君に
美しき君
實(げ)にたそがれに打沈み
伽羅國の亡國びとの
ひとり子はなげきに沈む
綠靑のしみ出でし
銅瓶に口つけて水呑む君
美しき頽廢に
影薄き哀歌に思沈むる君
げに春は消へんとし
度を過ごしたる美しき放埓(はうらつ)も
すでに君がわざをぎめきし
靑白き面を破らんとせり
綠靑の空に立つ
伽羅國の亡國びとの
ひとりなるなげきの歌も
すべてたそがる
[やぶちゃん注:底本と「全集」本文には看過出来ない有意な異同が複数見出される。以下、その本文全体を底本に準じて正字化して以下に示す。
君に
美しき君
實(げ)にたそがれに打沈み
伽羅國の亡國びとの
ひとり子はなげきに沈む
綠靑のしみ出でし
銅瓶に口つけて水呑む君
美しき頽廢に
影薄き哀歌に思沈むる君
げに春は消へんとし
度を過ごしたる美しき放埓(はうらつ)も
すでに君がわざをぎめきし
靑白き面を破らんとせり
綠靑の空に立つ
伽羅國の亡國びとの
ひとりなるなげきの歌も
すべてたそがる
次に、異同箇所を併置して箇条する(【初】が「槐多の歌へる」、【全】が彌生書房「増補版 村山槐多全集」)。
①第一連第二行
【初】實(げ)にたそがれに打沈み
【全】實(げ)にたそがれにうち沈み
②第三連第一行
【初】げに春は消えんとし
【全】げに春は消へんとし
③第四連第一行
【初】綠靑の空に立つ
【全】綠靑き空に立つ
④第四連第四行
【初】すべてたそがる
【全】すべてたそがる。
私は、現在、どれほどの村山槐多の原詩稿が残っているか知らない。
また、槐多の詩稿についてその異同を詳述した論文を不学にして知らない。あるのであればしかし、「全集」にそれが参考文献として掲げられていなくてはならないが、それらしいものはない。「槐多の歌へる」の続編とも言うべき翌年に出たアルスの「槐多の歌へる其後」には詩篇の異同は管見する限り、載らない。或いは「参考文献」に載る草野心平・山本太郎・岩瀬敏彦氏らの論の中にあるのかも知れないが、にしてもそれらの孰れかによって校閲された旨の記載自体が全集のどこにもない。
彌生書房版の初版(昭和三八(一九六三)年)の編者山本太郎氏の編集後記には、『全集を編むにあたり、槐多の遺稿を八方手をつくしてもとめたがついに発見する事ができなかった』とあり、槐多の「槐多の歌へる」の詩中に見られる『伏字の部分は、当時の出版コードによるものと思われるが、原典散逸していまは埋める術もない。槐多の多く好んで用いた語句とともに、明瞭に類推しうる箇所は編者註として補塡したが、大部分は伏字のまま残す事にした。徒らな歪曲をさけたい為でもある』とある。
この記載からは――全集は原詩稿に基づく校訂を経たものではないこと――即ち――「槐多の歌へる」が元である――と考える以外にはないこと――が分かる。
一部の詩稿が残っていて現認校閲が出来たのであれば、山本氏はそう書くはずであるが、『槐多の遺稿を八方手をつくしてもとめたがついに発見する事ができなかった』という下りは、それさえも手に入らなかったことを意味すると読める。
なお、全集の増補版(平成五(一九九三)年)は全集初版に作品図版を加えて再編集したとあるのみ(巻末の作品図版提供者である窪島誠一郎氏の「増補版に寄せて」に拠る)で、詩篇の詩句の有意な再校訂が行われた形跡はない。
ということは――これまで見てきた「全集」との異同――例えば――ここでの異同点の④――《鮮やかに行われている全詩の最終行への句点打ちは編者山本氏が打ったもの》――と考える以外にはないこと、その他の、現行の詩人全集の場合、一般にはママ注記を附して保存するか、訂した場合でも後に異同表を設けるのが普通である《歴史的仮名遣の誤りの本文内訂正》(ここでの②)は編者によるものであること――が分かってくる(しかも初版凡例と思しい箇所には歴史的仮名遣を訂したといった注記が一切ない)。
しかし――これの②④は百歩譲ってよしとしたとしても(しかし私は孰れも本心としては譲れない。ママで載せるべきであると考える人間である)……では、この詩篇の①の場合はどうであろう?
「うち」を「打」としたのは何故であろう?……詩句としては、音調を調え、すっかりの意を添えるところの接頭語「うち」は、確かに漢字より平仮名の方が見目や印象がよい――というのは《妥当と言われ易い一般的な感じ》であろう。……しかしだからといって平仮名にするのは正しい全集校訂とは私は逆立ちしても言えない。
しかし③はどうか? これは――明らかに詩篇の文脈上の意味がひっくり返ってしまうもの――である。第二連と第四連を並べて見よう。
綠靑のしみ出でし
銅瓶に口つけて水呑む君
美しき頽廢に
影薄き哀歌に思沈むる君
*
綠靑の空に立つ
伽羅國の亡國びとの
ひとりなるなげきの歌も
すべてたそがる
確かに「綠靑の空」(ろくしやうのそら)とは特異なイメージではある――ではあるが、私は初版を読んだ際、少しも奇異に思わなかった――。日本語と詩に相応の自負を持つ《常識的日本人》であるならば、《この「槐多の歌へる」の第四連は第二連に引かれて「綠靑き空」とあったものを「綠靑の空」と原稿の判読を誤ったものである可能性がある》、と判断するのかも知れない(私はそうは思わなかったが、私は常識的日本人でないのかも知れない)。がしかし――原稿が確認出来ない以上――《詩人の感性の中に『綠靑の空』という変なイメージが絶対に生まれない》と断言することは出来ない。可能性は低いにせよ、「初版詩集」の本文を《誤判読・誤植》として、注記も断りもなしに、いきなり「全集」本文に《訂正》して掲載するなどということが、果たして普通の詩人の全集に於いて在り得てよいことであろうか? これを決定稿とした以上、それには相応の確信犯の資料が存在するのであろうが、それが示されていないのはすこぶるおかしいと言わざるを得ない。もしかすると、この問題は研究者の間では、解決済みなのだろうか? であれば、どうかこの愚鈍な野人にお教え戴ければ幸いである。――ともかくも私独り――この違い、いっかな、納得出来ないでいる。大方の御批判を俟つものである。――【2018年8月29日追記:本電子化テクストは当時、ミクシィでも同時掲載していたが、昨日、そこに「太郎」氏より、以下の御情報を頂戴したので、転載させて戴く。
《引用開始》
『槐多の歌へる』は1920年に初版が刊行された後、1927年に再び出版されています。たまたま新版を閲覧する機会があったのですが、ここで挙げられている4つの異同を確認した所すべて全集と同じ表記が見られました。
つまり全集は新版を底本にしていると思われます。それにしても全集に底本の記載がない上、新版が初版より原稿に即していると決まったわけでもないので、全集の本文は注意深く扱う必要があるでしょう。
三年前の記事ですが、大変興味を惹かれたためコメント致しました。ご無礼お許しください。
《引用終了》
「太郎」氏に心より御礼申し上げるものである。】]