大和本草卷之十四 水蟲 介類 光螺(ツメタガイ)
【外品】
光螺 閩書ニ出タリ海邊ニアリ其肉カタシ味不美其形
蝸牛ニ似タリフタハソリテウスシ食シテ不益人
○やぶちゃんの書き下し文
【外品】
光螺(ツベタ) 閩書(びんしよ)に出でたり。海邊にあり。其の肉、かたし。味、美ならず。其の形、蝸牛に似たり。ふたは、そりて、うすし。食して人に益せず。
[やぶちゃん注:腹足綱直腹足亜綱新生腹足上目吸腔目高腹足亜目タマキビガイ下目タマガイ上科タマガイ科ツメタガイ属
Glossaulax ツメタガイ
Glossaulax didyma 及びその近縁種。以下、吉良図鑑(保育社昭和三四(一九五九)年刊)とウィキの「ツメタガイ」によれば、ツメタガイ Glossaulax didyma は『インド以東、西太平洋の浅海に分布する。日本では北海道以南から沖縄にかけて広く分布』し、潮間帯から水深十~五十センチメートル程度の砂地のごく浅海に多く、殻幅五センチメートルほどの中型の巻き貝(とあるが、吉良図鑑は大きな個体では殻長(殻高)八×殼幅九センチメートル以上に達するとあり、私もかつてしばしばその大きさの生貝や死貝を拾った)。『殻の色は紫褐色から黄褐色を呈する。底部は白色で滑らか。蓋は半円形となる。夜行性で、砂の中を活発に動き回る。また軟体部は殻から大きく露出し、殻を完全に覆いつくす。 肉食性であり、アサリなどの二枚貝を捕食する。アサリなどの二枚貝を捕まえると、やすりのような歯舌を用いて獲物の殻の最も尖ったところである殻頂部を平らに削っていき』、二ミリメートルほどの『穴をあけて軟体部を食べる』。なお、ウィキの記載者は挙げていないが、この捕食行動の際には、削る前に、足の一部から酸性の液を分泌し、相手の殻に塗りつけて炭酸カルシウムを分解させ、柔らかくしてから、穿孔するという説がある。繁殖期は春で、五月頃、『茶碗をかぶせたような形に卵塊を作る。その形から通称「砂茶碗」と呼ばれる。 生息環境により形が変化し、内海のものは臍索中央の溝が殻軸と直角方面に伸び、臍穴がふさがらないが、外洋に分布するものは臍索の中央の溝が曲がっていて、臍穴が密閉する形となり、ホソヤツメタ(Glossaulax
didyma hosoyai KIRA)と呼ばれる』とあり、他に本邦には、
ヒメツメタ(ガイ) Glossaulax
vesicalis
(本州の能登半島及び房総半島以南から九州に棲息。殻高四センチメートル程度でツメタガイよりやや小型。殻は薄く灰褐色で、胎殻は赤褐色。)
ソメワケツメタ(ガイ) Glossaulax
bicolor
(本州の駿河湾以南から南西諸島・東南アジアに広く棲息。殻高三センチメートル程度。殻口内が濃褐色と淡褐色の二色に分かれる。殻底が丸みを帯び、臍穴溝は二重の螺状溝を成すのを特徴とする。)
ハナツメタ(ガイ) Glossaulax reiniana
(本州の男鹿半島及び房総半島以南から南西諸島に棲息。殻高四センチメートル程度。ツメタガイと比較してやや小型で、螺塔もやや高い。)
がいる。ウィキには『本種は無毒であるが食用にされることは少ない。これは加熱した際に身が固く締まり、歯ざわりが悪いためである』が、『愛知県知多半島では本種を「うんね」と呼び、塩揉みして生食するほか、煮付けやおでんの具として食している』。『また、三重県南部では「ばんちょう」と呼ばれ甘辛く煮付けて食している』。私は小学校二年の時、由比ヶ浜に前日までの台風で打ち上げられた多量の生貝をバケツ二杯ほども採取したが、その中の大半はこのツメタガイであった。煮付けにして食ったが、あまりの美味さに食い過ぎ、翌日、腹をこわした。その時、小二乍ら、堅いから消化が悪いんだ、それから穴を空ける分泌物が含まれているからよくないんだ、と考えたのを不思議によく覚えているのである。されば「其の肉、かたし」は諾、「味、美ならず」は否、「食して人に益せず」は……う~ん、悩ましい。……なお、「ツベタガイ」「ツメタガイ」「津免多貝」の語源は不詳であるが、牛や馬の爪に似ていることから「爪貝(ツメガイ)」の転じたものかとするのを見かけた。しかし私は、この光沢のある貝殻が「光螺」「砑螺」(「砑」は音「ガ」で、艶出しをするの意がある)と呼ばれていることからも、見た目「冷(つべ)た」い涼しい感じを与えるからであると考えている。これは実に、かの小二の七歳の頃からずっと続く思い込みなのであって、そうそう引き下げる訳には、これ、行かないのである。……
「閩書」既出。明の何喬遠撰になる福建省の地誌「閩書南産志」。]
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