橋本多佳子句集「命終」 昭和三十三年 祇園祭
祇園祭
白炎天鉾の切尖深く許し
太鼓の音とびだす祇園囃子より
鉾の稚児袖あげ舞ひて衣裳勝ち
炎天の眼に漲りて鉾の紅
眼前の鉾の絢爛過ぎゆくもの
鉾の後姿コブラン皇妃灼け放題
地車止り祇園囃子のとどこほる
鉾曲る前輪ぎぎと挺子を嚙み
鉾過ぎし炎天架線工夫吊り
帰り山車(やま)走せて徒足(かちあし)脛揃ひ
[やぶちゃん注:底本年譜の昭和三三(一九五八)年七月の条に、『十三日、京都祇園の八坂神社の祭礼である祇園会に行き、宵山を見る。翌十七日に山鉾の巡行を見る』とある。私は祇園祭を見たことがないが、とあるテレビ番組で如何にも古いゴブラン織りのタペストリーが山鉾の装飾にあるのを見たことがあった。今回、調べて見ると、く~にゃん氏のブログ「く~にゃん雑記帳」の「<祇園祭㊤> 豪華な懸装品 400年前のベルギー製タペストリーも!」の記事によって、ベルギーのフランドル地方で凡そ四百年も前に製作されたものらしいことが分かった。しかもそれは伊達政宗が派遣した慶長遣欧使節団の支倉常長が、一六一五(慶長二〇)年一月に謁見したローマ教皇パウロ五世から下賜された五枚の内の三枚が裁断されて使用されているのではないかといわれているとあった。リンク先では写真も見られる。]
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