薄明 村山槐多
薄明
われに來てやまざる
燈火の如く美しき薄明あり
そは惡神の如く
「汝ただれよ」と心を襲擊す
「こは何ぞ」
われ驚愕の餘り追憶に逃げ入れば
豪奢なる心の底に
いとかなしき答あり
「まことに汝見つめなば
美しきこの薄明は
時々に汝が會ひ汝が戀ひたる
君が眼の多數き凝視なりと知らん」
耐へがたし
またなつかしきこの後覺
わが眼は春の燈火の如き
薄明より免れ得ざるなり
[やぶちゃん注:「君が眼の多數き凝視なりと知らん」の「多數」はママ。「全集」では「君が眼の數多き凝視なりと知らん」となっている。]