鬼薊 村山槐多
鬼薊
紫の鬼薊
ぼつたりと赤血を落す時
美しき空仰ぎとめどなく
泣きたる狂女あり
いつまでかくは泣くぞ
豐かなる五月の外の光は
汝の執拗とその永き涙とを
濡らされて曇るに至らん
汝の奇怪なる姿は
赤血に濡れたり
また五月の狂女が泣涕は
耐へがたき殘酷の嬉しさをよぶ
ただ鬼薊
紫に人を睨み
とめどなき狂女が涙に
物凄く濡れたり
恐ろしき鬼薊
その銀に霞みたる莖(くき)に觸るる時
何故に痛みを出すか
女の毛の如き痛みを
かの狂女は哀れに叫ぶ
「鬼薊ゆるせよ」と
物凄き鬼薊そが紫に
ああ血ぞ滴たれる
○
大火ありかく人わめく
櫻咲く春の日中に
いづこぞと人の眼血ばむ
黑けぶりほのかに見ゆる
この時にわれは見つめぬ
美しきかよわき君の
靜にも、もの思ふ姿を
狂亂の花の眞中
[やぶちゃん注:「○」は底本では左右の円周部が少し切れているが、植字のかすれかも知れない(「全集」では、全く異なる「+」の記号が用いられている)。記号の直前の第六連は「全集」では「ああ血ぞ滴たれる。」と句点が打たれており、無論、最終連最終行も「狂亂の花の眞中。」となっている。]