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2015/06/30

氷の涯 夢野久作 (11)

 あくる朝は馬鹿に早く眼が醒めた。

 氣が付いてみると當番の連中(れんぢう)は、いつの間に歸つて來たものか、僕の左右にズラリと枕を並べてグーグーと眠りこけて居る。

 便所に行つた序(ついで)に歩哨の前から、表口の往來を覗いてみると素敵にいゝ天氣である。昨日の出來事は噓のやうな感じのする靑空が、時計臺の上に横たはつてゐる。

 歩哨に聞いてみると「司令部の連中はツイ今しがた、當番連中を引き連れて、どこからか歸つて來たところだ。昨夜は何らの異狀も無かつた」と云ふ。辻々の警戒も最早、解かれて居たのであらう。朝の人通りはいつもの通りで、向家(むかひ)のカポトキンの大扉(おほど)も開かれて、四、五人の人夫が方々の窓を拭いて居る。

 僕は何だか馬鹿にされて居る樣な氣持ちになつた。しかし、さうかと云つて文句を附ける處は何處にも無いので、少々睡(ね)むいのを我慢しいしい搜索本部の掃除を濟ましたが、その序にチヨット四階のオスロフの居室の樣子を覗きまはつてみると、どの部屋もどの部屋も窓掛(まどかけ)が卸(おろ)ろされて鍵が掛かつて居る上に、向う側のブラインドが卸してあるらしく、眞暗で何も見えない。そのシンカンとした氣はいに耳を澄まして居るうちに、又も、昨夜と同じやうな寒氣がして來さうになつたから、慌てゝ階下へ駈降りた。

 下へ降りてみると食事がモウ出來てゐるのに驚いた。むろんこれは炊事係が入代つたせいであつたが、その時に初めてさうした事實に氣が付いた僕は今更のやうに、オスロフ一家がどうなつたかと考へて暗然となつた。何だか自分が意氣地(いくぢ)が無い爲に見殺しにしたやうな、たまら無い責任觀念に囚はれながら、タツタ一人で箸を取つたが、久し振りに喰(く)つた軍隊飯の不味(まづ)かつたこと……オスロフ一家の事が胸に悶(つか)へてゐたせゐばかりではなかつた。

 そのうちに上等兵が起上つて煙草を吸ひ初めたので、早速、昨夜からの出來事をコツソリ話し合つたが、双方が双方とも眼を丸くして驚き合つた事は云ふ迄もない。それから夫れへと煙草を吹かしながら聲を潜めて居るうちに、いつの間にか時間が經つたらしい。突然に、いつもと違つた長靴の音がポカポカポカポカとコンクリートの階段を降りて來た……と思ふうちに、いつの間にか出勤したものか、憲兵上等兵の一人が僕の顏を見るなり

「オイ。何をしとるか。早く來んか」

 と階段の途中から怒鳴つた。又も大事件らしいのだ。

 僕は退屈だつた昨日の午前中が戀しくなつた。タツタ一晩考へただけで、頭がくたびれてしまつたものらしい。實に意氣地(いくぢ)の無い名探偵だ……と自分で思ひ思ひ上衣(うはぎ)を着て二階へ駈上つて、搜索本部の中を一眼(ひとめ)見ると、思はずサツと緊張してしまつた。……十梨(となし)通譯が歸つて來て居るのだ。星黑(ほしぐろ)と一緒に行方を晦まして居た十五萬圓事件の片割れが……。

 十梨は僕と向ひ合つた、室の隅に近い籐(とう)の肘掛椅子に、グンナリと腰をかけてゐた。女のやうに小肥りした男だつたが、二、三日の間に薄汚なく日に燒けて、ゲツソリと頰を瘠(こ)かしてしまつてゐる。靴もズボンも泥だらけになつて、此邊(このへん)の草原(くさはら)に特有の平べつたいヌスト草(ぐさ)の實が處々にヘバリ付いてゐる。何處からか生命(いのち)からがら逃げて來た恰好で、口を利く力も無いくらゐ疲れてゐるらしい。大勢の視線に睨み付けられながら、片肘を椅子に掛けて、ウトウト睡りかけてゐる樣子である。

[やぶちゃん注:●「ヌスト草」マメ目マメ科マメ亜科ヌスビトハギ連ヌスビトハギ亜連ヌスビトハギ属 Desmodium Desmodium podocarpum ヌスビトハギ(盗人萩) Desmodium podocarpum subsp. oxyphyllum 或いはその仲間であろう。]

 ……これは、どうした事だらうか……と思ふ間もなく僕は、曹長の命令で一階へ飛んで降りた。まだ殘つてゐるオスロフ家の冷藏庫の中から白パンを半斤(はんぎん)と、牛乳を三本持つて來た。そいつを十梨の鼻の先に突付けると、ヤツト氣がついたらしかつたが、それからホコリだらけの瞼(まぶた)を開(ひら)いて飮むこと飮むこと喰(く)ふ事喰ふ事。牛乳をモウ二本と、パンをモウ半斤追加して、あとから熱い茶をガブガブと飮んでゐるうちに、みるみる大粒の汗を、ホコリだらけの顏に浮かべた。それから憲兵中尉に貰つた煙草を一本吸つてゐるうちに、又も安心したらしく、グツタリと椅子に凭(もた)れかゝるのを、引きずり起し引きずり起し審問が開始されたのであつた。

 僕は十梨の一言一句に耳を澄ました。昨夜、僕が毛布の中で築き上げた理屈と想像の空中樓閣は、十梨の出現によつてアトカタもなく粉碎されるかも知れない……さうして昨夜(ゆふべ)の事件と、十五萬圓事件とを同時に解決するホンタウの鍵が、十梨の口供(こうきよう)の中から發見されるかも知れないのだ。…‥ことに依るとニーナの短劍の行方まで推定され得ないとどうして云へよう。……しかも、それを探り出すのは僕の正當防衞を意味する大きな權利に違ひ無いのだ。世界中に僕一人が持つて居る祕密の特權……と云つたやうな興味を極度に高潮させて、胸をドキドキさせながら、ボンヤリした十梨の表情を凝視して居た。

 十梨の口供(こうきよう)は、如何にも弱々しい……それこそ夢うつゝのやうな聲で續けられた。

「御承知か知りませんが、私は此間(このあひだ)から、面倒な飜譯の仕事でスツカリ疲れて居りましたので、土曜日の晩に外出を願ひまして、日曜日の朝早くから、傅家甸(フーチヤテン)に靴を買ひに行きました。御覽の通り皮が固くなつて穴が開いて居りますので、哈爾賓(こちら)へ參りますとすぐから、買はう買はうと思つて居たものでありました。

 ところが、第八區の筋かひ道(みち)を通つて居りますと、背後(うしろ)から私を呼ぶ聲がします。振返つてみますと、支那馬車の中から星黑主計殿が顏を出されました。いつもの通りの服裝で、膝の間に新しいリユツクサツクを挾んで居られました。

「何處に行くのか」と問はれましたから、「傅家甸(フーチヤテン)へ」と答へて敬禮しますと、「さうか。俺も其方(そつち)へ行(ゆ)くから此車に乘れ」と云はれましたので一緒に乘つて行(ゆ)きました。

 ところがまだ鐵道踏切を越えないうちに、主計殿がニコニコ笑いひながら「お前は松花江(しようくわかう)の下流に行つた事があるか」と問はれましたのでチヨツト困りました。私は露西亞の地理ならば内地で研究して居りましたお蔭で少々自信がありますが、滿州方面は後まはしにして居りましたので西も東も知りません。殊に當地に來る匆々(さうさう)の八月の初めから飜譯ばかりして居りまして、一歩も市外へ出(で)ずに居りましたのでどの道が何處へ行(ゆ)くのか、どの方向にドンナ町があるか、況(ま)して何處いらから先が、馬賊や赤軍のゐる危險區域になつて居るのか、全然白紙も同樣なのです。ですから萬一案内でも賴まれては大變と思ひましたので「イヽエ」と答へますと「さうか俺は今から行(ゆ)く處だ。露西亞人の友達と一緒に行く約束をして居たんだが、そいつが風邪を引いて寢てしまつたので、俺一人で行つて呉れと云つて、案内を知つてゐる支那人を雇つて呉れた上に、御馳走をコンナに遣(よこ)した。ナアニ。危險區域と云つたつて心配する程のものぢやない。……日本軍の居ない處を全部、危險區域とばかり思つて居るのは日本人だけだ……と云つて其露人(そいつ)が笑つて居た。酒もちやうど二人前(にんまへ)ある。それあ景色のえゝ處があるさうだぞ」と云はれました。後から考へますとこれは眞赤な噓で、郊外の地理に暗い私が外出することを、前の晩からチヤント睨んで、計畫を立てゝおられたものに違ひありません。しかし其時は全く氣付きませんでしたので、非常に喜んでお禮を申しました。ステキな日曜にぶつかつたものだと思つて、靴の事も何も忘れて居りました。

 支那馬車は傅家甸(フーチヤテン)を拔けて東へ東へと走りました。腕時計を修繕に出して居りますので時間がわかりませんでしたが、同じ樣な草原(くさはら)や耕地の間(あひだ)を隨分長い事走りましたので、ツイ飜譯の疲れが出たのでせう。ウトウ卜しておりますと、正午近いと思ふ頃から、小さな川の流れに沿うて行(ゆ)くうちに、廣い廣い草原(くさはら)の向うに、松花江(しようくわかう)の曲り角が見える處まで來て馬車が停まりました。

 主計殿はそこで馬車を降りられました。さうしていつの間に勉強されたものか流暢な支那語で、駁者と話して居られましたが、そのうちにニコニコしながら此方(こつち)へ來られますと「此處から向うの丘の上まで歩いて行(ゆ)くのださうだ。あそこが一番景色がいゝさうだからね。濟まないが其の背負袋(リユクサツク)を荷(かつ)いで呉れないか。駁者は泥棒が怖いからと云つて車を離れないからね」といふ賴みです。私は「何だ。そんな目的で自分を連れて來たのか」と少々馬鹿々々しくなりましたが、今更、仕樣がありませんでしたから、リユクサツクを擔(かつ)ぎ上げて、道の無い草原(くさはら)を、河の方向へ分入つて行(ゆ)きました。

[やぶちゃん注:●「支那語」「全集」では(正字化した)『滿州語』。全集編者が他を差別言辞として「支那語」を「中国語」に書き変えていると思われる中(推測。差別表現書換注記は全集当該巻にはない)、これは久作による書き換えと考えてよい。]

 私は直ぐ鼻の先に見えてゐる河岸(かはぎし)が、案外遠いので弱りましたが、それでも二十分位(くらゐ)歩きますと、すこし小高い、見晴しのいゝ處へ來ました。あたりに人影もありませんでしたが、主計殿が「イヤ御苦勞だつた。此處(ここ)らで休もうか」と云つて腰を卸(おろ)されましたので、私も草の中に尻餅を突きました。それから主計殿はリユクサツクを引寄せて、白い新しい毛布を引つぱり出して、自分の手で草の上に擴(ひろ)げられました。

「一杯飮め」と云つて差出されたのを見ますと封印したウヰスキーの小瓶でした。主計殿も新しいのを持つておられましたので、私は遠慮なしに咽喉(のど)を鳴らしました。それから主計殿は、リユクサツクの中からサンドウヰチだのサアヂンの罐(くわん)だのを二つ三つ出して、毛布の上に並べられました。

[やぶちゃん注:●「サアヂン」老婆心乍ら、サーディン(sardine)でオイル・サーディンのこと。]

 私はトテモいゝ氣持ちになつてしまひました。眞靑な空から凉しい風がドンドン吹いて來ます。珈琲(コーヒー)色の河に區切られた綠色の海みたやうな草原が、見渡す限り雲の下で大浪を打つて居ります。その向うを薄黑い船が音もなく、辷(すべ)つてゆくのを見て居りますうちに、いつの間にかウヰスキーの瓶が空になりました。そのまゝ横になつて睡つてしまひました。

 私は其時に火事の夢を見て居りました。哈爾賓のホルワツト將軍の邸だつた樣です。私は將軍の白い髯(ひげ)が燒けてはならぬと思つて頭からバケツの水を引つ冠(かぶ)せて居(ゐ)る積りでしたが、そのうちにアンマリ噎(む)せつぽいので、眼を擦(こす)つてよく見ますと、ツイ鼻の先に鼠色の背廣を着た男がウロウロして居ります。ハテ、何者か知らんと起上つて見ましたら、それが意外にも主計殿で、遙か離れた川岸から拾つて來られたらしい流木を集めて燃やして居られるのでした。しかし、御承知の通り流木は濕つて居ります上に、火力が弱くてなかなか燃え難(にく)いので、煙(けむり)に噎せながらシキリに世話を燒いて居られる樣子でしたが、そのうちに何だかヤタラにキナ臭いのでよく氣を附けてみますと、どうでせう。其煙(けむり)の中で燻(くすぶ)つて居るのは、今まで主計殿が着て居られた軍服ではありませんか。

[やぶちゃん注:老婆心乍ら、久作の確信犯か、夢から醒める部分をぼかしてあるので注意されたい。「そのうちにアンマリ噎せつぽいので」が覚醒前後で実感、「眼を擦つてよく見ますと」が覚醒時の十梨の行動である。]

 私は其時に初めてドキンとしました。

「軍服を燃やすのですか」と思はず大きな聲を出しましたが、主計殿は返事をされませんでした。たゞ私を振返つてジロリと睨(にら)まれただけでしたが、其の顏付のスゴかつたこと……臆病者の私はガタガタとふるへ出しました。道路の方向を見ますと私達を乘せて來た支那馬車は、影も形もありません。見渡す限り草の波です。

「主計殿、歸らうではありませんか」

 私は思ひ切つて、さう云ひかけてみましたが、まだ云ひ切つてしまわぬうちに、スツクと立上つた主計殿は、煙の向うからギラギラ光る拳銃(ピストル)を差付(さしつ)けられました。さうして白い齒を出して笑ひながら近付いて來られましたので、私は草の中に四ツン這ひになつて終(しま)ひました。

「オイ、十梨(となし)。俺はお前に賴みがあるのだ。默つて其のリユクサツクを擔(かつ)いで三姓(せい)まで從(つ)いて來て呉れんか。えゝ」

[やぶちゃん注:●「三姓」松花江の下流にある現在の黒竜江省ハルビン市依蘭(いらん)県。地図上で計測してみると、ハルピンの東北東直線で二百三十キロメートル、松花江の河川実測で凡そ三百キロメートル上流、ハルピンから松花江右岸(南岸)にある現行の道路で試みに実測してみると、約二百七十キロメートルの位置にある(グーグルマップ使用)。ウィキの「依蘭県」によれば、『満州族の古くからの居住地であり、清室祖宗発祥の地』で、『依蘭とは「依蘭哈喇」の略称であり、満州語で「三姓」を意味する「イランハラ」の音写。意訳した三姓という旧称も存在する』とある。地名の由来は、満洲国が編纂した「依蘭紀略」によれば、盧(ろ)・葛(かつ)・舒(じょ)の三つの姓を名乗る一族が『居住していたことより三姓の地という地名が発生したと記載されている』という。清代より『この地域に居住する諸民族が貢納する毛皮と絹布を初めとする中国物産との交易が行われ、 三姓は松花江水運の要衝として発展していった』ともある。ここから更に松花江を下ると(直線距離で東北四百八十キロメートル)、ハバロフスクに着く。]

 私はモウ一度そこいらを見廻しましたが、河を通る船すら見えません。太陽がズツト西に傾いたせゐでせう。哈爾賓の町が黑い一線になつて上流の方向に見えて居りました。

「俺は司令部の金を持つて逃げて來たんだ。明日の今頃は大騷ぎをやつて居ると思ふんだがな。ハハ……。幾日かゝるか知らんが三姓まで來てくれたら、持つて來た金の三分一だけ分けて遣る。それでも五萬圓だ。惡くないだらう。噓ぢや無い。此通りだ」と云ふうちに主計殿は、右手のピストルを私の方に向けたまゝ、左の手をリユクサツクにかけて口を大きく開かれました。さうして底の方に在る新聞紙包を片手で破いて、チラリと見えた分厚い札束の中から、よい加減に拔出した二十圓札を口に銜(くは)へて數へられました。

「三百二十圓ある。當座の小遣ひに分けて遣る。よく調べてみよ。一枚も贋札なんか無いから……」

「ありがたう御座います。行(ゆ)きませう」

と私は答へました。容易に逃げ出せないと思ひましたから、わざと金に眼が眩んだふりをしたのです。

「ウム。一緒に飮んだ馴染甲斐(なじみがひ)があるからな。無茶な事はせぬ積りだが……俺もタツタ一人の仕事だからナ」と星黑主計殿は獨言(ひとりごと)のやうに云はれました。

 私は默つてリユクサツクの革紐に兩手を突込みました。さうして、たまらない恐ろしさと不愉快さとを我慢しいしい、主計殿の指圖に從つて、草原(くさはら)の中を歩き出しました。主計殿はいつの間にか此邊(このへん)の地理を詳しく調べて居られたらしいのです。

 そのうちに日が暮れて、五日ばかりの細い月が出ておりましたが、間もなく引込んでしまひましたので、私は星黑主計殿の懷中電燈で足元を見い見い草原を分けて行(ゆ)きました。すると、又、そのうちにリユクサツクが堪らなく重くなつて來ましたが、それでも私の姿だけが懷中電燈に照(てら)し出されて居るのですから、逃げる素振りなどミヂンも見せられません。三姓(せい)に着いたら殺されるかも知れない……とも思ひましたが、今更どうにも仕樣が無い私でした。

[やぶちゃん注:●「五日ばかりの細い月」私は先に、この十万円の横領事件が発覚した日を大正九(一九二〇)年九月六日の月曜と推定したが、これによって私の推理が正しかったことが証明された。但し、気になることが一つある。調べてみると、この夜は月齢二十二で翌日が下弦の月、半月より膨らんでいて逆立ちしても「細い月」ではない。……この話、実は――月が嘘だ――と語っているのではなかろうか?……]

 そのうちに何處だかわかりませんが、松花江の向う岸の大きい星空の下に、人家の燈火がチラチラ見え始めますと、荷物を擔いで居ながらも可なりの寒さを感じて來ました。

「何處にも泊らないのですか」と云ひながら振返りましたら、俯向(うつむ)いて何か考へ考へ歩いてゐた主計殿が顏を上げて見廻されました。「ウム。支那人の家が在つたら泊らう」と云はれましたが、そこいらは人家の影すら見當らない、河沿ひの高原地帶らしく見えました。

 それから又一里も歩きますと、肥つた私はもうへトヘトに疲れてしまひましたから、立止つて暗闇の中を振り返りました。

「こゝいらで休まして下さい」と悲鳴をあげますと、主計殿も疲れて居られるらしく案外柔和な聲で「さうだな。人家は却つて物騷(ぶつさう)かも知れん。今夜は此處で野宿とするかな」さう云はれるうちにリユクサツクを下(おろ)した私は、あんまり寒いのでガタガタ震へ出しました。「主計殿。あそこに小舍(こや)が見えますよ」

 二、三町向うの河岸(かし)に、歪んだ掘立小舍(ほつたてごや)らしいものが見えて居(ゐ)る樣でした。主計殿もうなづかれました。

[やぶちゃん注:●「二三町」二百十九~三百二十七メートル。]

「ウン丁度えゝ。行つて見よう」

 近づいて見ますとそれは渡船場(とせんば)の番人小舍でした。一間幅(けんはゞ)に二間ぐらゐの極く粗末な板造りで、向う側の破れ穴から松花江の水の光が見えました。

[やぶちゃん注:●「一間」は一・八メートル。]

「中に這入つて見よ」と主計殿が命令しながら懷中電燈を私に渡されました。さうして自分は拳銃(ピストル)を持つたまゝ、家の背後にまはつて小便をして居られる樣です。

 ……今だ……と私は胸を躍らせました。其儘(そのまゝ)家の中に這入つてリユクサツクをドシンと卸(おろ)して、其上に點(つ)けつ放(ぱな)しの懷中電燈を乘せました。すぐに戸口から這ひ出して、丈高(たてたか)い草の中を下流の方へ十間ばかり這ひ込みましたらうか……。

「オイ。十梨。何處に居るのか」

 といふ聲が風上から聞えました。拳銃(ピストル)を片手に持つた向う向きの背廣姿が、上流の方を透かしてゐる恰好が、星あかりでよく見えました。私は立上つて一散に走りました。

 ……ズダーン……ズダーン……

 といふ大きな音が私の肩を追ひ越して行きましたので、私は夢中になつてしまひました。帽子は其時に落したのでせう。草の中を轉(こ)けつまろびつして行(ゆ)きましたが、そのお陰で彈丸(たま)が當らなかつたのかも知れません。三發目の爆音が可なり遠くに聞えましたので、チヨツト振返つてみますと、四五十米(メートル)ばかり離れて追蒐(おひか)けて來る黑い姿が見えました。

[やぶちゃん注:●「追蒐(おひか)けて來る」既注。「飛蒐(とびかゝ)つて來る」を参照。「蒐」には狩り・狩猟・探すの意があるから、その辺りからの用字であろうか。]

 私の左手は仄白(ほのじろ)い松花江(しようくわかう)の水で、右手は丘つゞきの涯しもない高原らしいのです。その中をピストルの音がアトカラアトカラ縫(ぬ)うて行(ゆ)くのです。そのうちに右手の方から川緣(かわぷち)へ降りて來る小徑らしいものを見つけましたから、構はずに其中へ走り込みまして、小高い處へ駈上りました。拳銃(ピストル)の音はソレツキリ聞えなかつた樣です。

 左右から生えかゝつて來る草を押分け押分け、三十分ばかりも走りますと息が切れて堪(たま)らなくなりましたので、倒れる樣に草の中へ坐りましたが、坐つてみると又寒いのに驚いて立上りました。さうして寒さと空腹と睡(ね)むたさとに責められながら夢うつゝの樣に當(あ)てどもなく狹迷(さまよ)つて行(ゆ)きました。

 翌る日の正午頃、何處かわからない廣い通りへ出ると間もなく支那人の部落に着きました。しかし露語(ろご)が通じませんので手眞似で高梁飯(かうりやんめし)を喰(く)はして貰つて物置の藁の中に寢ました。さうして昨日(きのふ)の正午頃になつてヤツト眼を醒ましましたが、それからお禮に銀貨を一枚遣つて「哈爾賓々々々(ハルピンハルピン)」と云ひますと支那人の老爺(ぢゝい)がわかつたらしく、撞木杖(しゆもくづゑ)を突張(つゝぱ)りながら廣い畠の中を案内しいしい通拔(とほりぬ)けて、大きな道路のマン中に私を連れて來ました。さうして西の方を指して見せながら幾度も幾度も頭を下げて見せましたが、それが一昨日(さくじつ)來た道だつたかどうかは今でも私にはわかりません。モウ一度行つてみたら往(ゆ)き路(みち)も歸り路もハツキリするだらうと思ひますが……。生憎、馬車が通りませんでしたので徒歩で引返しましたが、折より夕方になつて一臺捕まへまして、夜通しがゝりの全速力で走らせました。居睡(ゐねむ)りしいしい來ましたので、幾つ村を通つたか記憶しませんが案外、道程(みちのり)が遠いので驚きました。しかし其夜(そのよ)のほのぼの明けに哈爾賓の燈火を見た時には、その爲に氣が遠くなりかけました。

[やぶちゃん注:●「しかし其夜のほのぼの明けに哈爾賓の燈火を見た時には、その爲に氣が遠くなりかけました」非常に重大な事実であるが、一九六九年第一刷一九八九年第九刷第一書房刊「夢野久作全集」第三巻の「氷の涯」のこの前後は以下のようになっている。

   《引用開始》

居睡りしいしい来ましたので、幾つ村を通ったか記憶しませんが案外、道程が遠いので驚きました。しかしその為に気がとおくなりかけました。

   《引用終了》

この『しかしその為に気がとおくなりかけました』というのはおかしくないか? 「道程が遠いので驚」き、「その為に気がとおくなりかけ」たという順接なら、いい。逆接の「しかし」は明らかにおかしい。そこでよくみると、この底本の方が実に自然な叙述になっていることが分かる。即ち、ほっとして、思わず、かえって「その爲に氣が遠くなりかけ」たというのである。――これは本当に久作が単行本化の際に削除したのであろうか?――これは素人が見ても、悪しき改稿であることは言を俟たない(「しかし」もカットすれば問題はない)。私は彼の単行本化された方を現認していないので何とも言えないのであるが……これ……もしや――「全集」自体が「其夜のほのぼの明けに哈爾賓の燈火を見た時には、」をまるまる脱字させてしまったというあり得ない可能性も捨てきれない――のである。どなたか単行本をお持ちの方、是非ご確認戴けると助かる。

 ……ハイ。貰つたお金はこれです。……二十圓札十六枚です。……ズボンのポケツトに這入つて居たのです。……疲れて居りますからモウ一度よく睡らして下さい」

 さう云ふうちに、十梨はモウ、ぐつたりと籐椅子(とういす)の中に凭(もた)れ込んだ。僕が點(つ)けてやつた煙草を、手を振つて拒絶しながらウトウトとなりかけた。

[やぶちゃん注:●以下、一行空き。ここに底本の挿絵を配す(挿絵には「mae」と思しいサインがあるが、画家は不詳。底本とした国立国会図書館近代デジタルライブラリーでは書誌情報に本書全体が『インターネット公開(保護期間満了)』と示されているので、著作権侵害に当たらないと判断した)。
 
Koorinohate2

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