日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十九章 一八八二年の日本 諺対照
竹中は私にいろいろ面白いことを話してくれる。我国の諺なり格言なりをいうと、彼は日本に於る同様なものを挙げる。例えば、「お婆さんが針で舟を漕ごうとする時いったことだが、どんな小さなことでも手助けになる」を日本では「貝殻で大海を汲み出す」或は「錐で山に穴を明ける」という。広間に人が一杯集ったのを「床に錐を立てる余地も無い」と形容する。我国の「馬が盗まれた後で納屋の戸に鍵をかける」に匹敵するものに日本の「喧嘩すぎての棒ちぎれ」がある。
[やぶちゃん注:原文を提示する。
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Takenaka
tells me many items of interest. In mentioning some of our proverbs or sayings
he matched them with similar ones in Japan; thus, "Every little helps, as
the old woman said when she tried to row a boat with a needle"; the
Japanese say, "To dip out the ocean with a shell," and also, "To
make a hole in a mountain with an awl"; and in describing a dense crowd in
a hall, "There was no room to put an awl to the floor." Our saying,
"Lock the barn door after the horse is stolen," is paralleled by the
Japanese saying, "Carry the stick after the quarrel."
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「竹中」既出のモースの私設助手のような兄弟、竹中成憲か竹中(宮岡)恒次郎の孰れかであるが、如何にも面白そうに語っているところはモースのより可愛がった弟恒次郎の方にも見え、しかし彼は宮岡家の養子となっていて彼をモースは前で「小宮岡」と呼称しており、単に「竹中」と言った場合は兄を指すようにも見える。一応、兄ととっておく。
「貝殻で大海を汲み出す」近似したものに「嬰児の貝を以て巨海を測る」がある。これは一般には、到底成し遂げること出来ないことの譬えとして用いられる。元々は「漢書」の「東方朔伝」の「以筦窺天、以蠡測海、以筳撞鐘」(筦(かん)を以って天を窺ひ、蠡(れい)を以つて海を測り、筳(てい)を以つて鐘を撞く)、細い管を以って天を覗き、瓢箪で海の水を測り、小枝で大きな鐘を撞くという謂いで、見識が非常に狭いことを譬えた言葉である。そこからこの「蠡」(瓢箪)を法螺貝と解し、更にそれを扱うのを幼児として、赤子が大海の水を法螺貝で汲み出してその量を測ろうとする、といった無謀な行為、未熟な知識で遠大なものごとを推測することを謂う。「管窺蠡測(かんきれいそく)」という四字熟語もあるが、「平家物語」の倶利伽羅合戦の「木曽願書」に「今この大功を起すことたとへば嬰児の貝を以て巨海を測り蟷螂が斧を怒らかいて龍車に向かふが如し。然りといへども國の爲君の爲にしてこれを起す」で引かれるのが知られ、ここではそれが平家討伐への木曽の覚悟と確信として示されていることを考えれば、強ち、場違いな類似比較とは言えない。
「錐で山に穴を明ける」主意とここでの対照としては分かり、ありそうな諺ではあるが、見出し得ない。識者の御教授を乞う。
「床に錐を立てる余地も無い」云わずもがなであるが、「立錐の余地もない」で、人や物が密集していて、僅かの隙間もないことの譬え。出典は「史記」の「呂氏春秋」の「為欲」や「留侯世家」である。
「喧嘩すぎての棒ちぎれ」「喧嘩過ぎての棒千切り」「争い果てての千切り木」などとも言い、喧嘩が終わってしまってから、棒切れを持ち出すこと。時機に遅れて効果のないことの譬え。「後の祭り」と同義。]
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