夢野久作川柳集Ⅱ
[やぶちゃん注:以下の川柳十句は西原和海編「夢野久作著作集 1」に載る「川柳南五斗会――旧稿討議選評」という標題で載る夢野久作の筆になると西原氏が推定する文章(同氏の解題によれば『九州日報』大正一四(一九二五)年九月二十八日号に掲載されたもの)中に現われる夢野久作の柳号「三八」名義で載るものである。評も一種の自注と思われる。]
煙草 三八
吸ひつけたあとは他人の面(つら)になり
[やぶちゃん注:続く『評』に『つら憎い。但し作者は馬ツ面(つら)の大男。』とある。]
巡査 三八
うなだれて若い巡査がかへる也
[やぶちゃん注:続く『評』に『ヒリツと來ぬがどことなく。』とある。]
博士
星一つみつけて博士世ををはり 三八
[やぶちゃん注:続く『評』に『それらしい。』とある。この一句は実は、かの怪作「ドグラ・マグラ」(初稿は本格的な作家デビューをした大正一五(一九二六)年の小説「狂人の解放治療」であるが、その後十年近くをかけて推敲に次ぐ推敲を重ね、改稿・擱筆・再改稿を繰り返して昭和一〇(一九三五)年一月十五日に松柏館書店より書き下ろしとして発表した。因みに久作はこの翌昭和十一年三月十一日に満四十七歳で急逝している)に登場する正木博士の「遺言書」なるもの(といっても複雑なの入子構造になっているのでこう指示すること自体が無意味である)の末尾の部分(本文の後半、全体の七割弱の位置。引用は三一書房版全集第四巻を用いた)、
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……ああ愉快だ。こうやって自殺の前夜に、宇宙万有をオヒャラかした気持ちで遺言書を書いて行く。書きくたびれるとスリッパのまま、廻転椅子の上に坐り込んで、膝を抱えながらプカリプカリと、ウルトラマリンや、ガムボージ色の煙を吐き出す。……そうするとその煙が、朝雲、夕雲の棚引くように、ユラリユラリと高く高く天井を眼がけて渦巻き昇って、やがて一定の高さまで来ると、水面に浮く油のようにユルリユルリと散り拡がって、霊あるものの如く結ばれつ解けつ、悲しそうに、又は嬉しそうに、とりどりさまざまの非幾何学的な曲線を描きあらわしつつ薄れ薄れて消えて行く。それを大きな廻転椅子の中からボンヤリと見上げている、小さな骸骨みたような吾輩の姿は、さながらにアラビアンナイトに出て来る魔法使いをそのままだろう…………ああ眠い。ウイスキーが利いたそうな。ムニャムニャムニャ……窓の外は星だらけだ。……エ――ト……何だったけな……ウンウン。星一つか……「星一つ、見付けて博士世を終り」か……ハハン……あまり有り難くないナ……ムニャムニャムニャ………[やぶちゃん注:以下略。]
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に突如、登場している。]
花火
お父樣僕の花火をみんなあげ 三八
[やぶちゃん注:続く『評』に『何でもないんだがねえ。』とある。]
ヤケ
ほそりゆく手で水藥を花にかけ 三八
[やぶちゃん注:続く『評』に『あんまりキレイすぎて意味がわからない位ぢやないの?』とある。]
火事
天空を摩して煙突燒け殘り 三八
[やぶちゃん注:続く『評』に『「大銀杏(いちやう)大空高く燒け殘り」と云ふ類句あり。俳味。』とある。私は「大銀杏」は確かに俳句であるが、この川柳の方が遙かに凄絶にして鬼趣があってよいと感ずる人間である。]
火事
もう下火だと身ぶるひが小便し 三八
[やぶちゃん注:続く『評』に『身ぶるひが先か小便が先かで一もんちゃく。』とある。この評言から、評執筆は久作(三八)自身であることが分かるように思われる。]
あやつり
あやつりは役目が濟むと首を釣り 三八
[やぶちゃん注:続く『評』に『深味はないが……。』とある。確かに、が、いい鬼趣の句である。]
あやつり
人形にお辭儀さして村を出る 三八
[やぶちゃん注:続く『評』に『大きい。』とある。この句、自由律俳人尾崎放哉の新発見句だと偽って発表すれば、知らない人は容易に信用しそうな気がするね。]
ペテン
角道(かくみち)を知らぬ顏して王が逃げ 三八
[やぶちゃん注:続く『評』に『その手もあるナ。』とある。]