跳び上る犬 村山槐多
跳び上る犬
犬が跳び上ります私を目がけて
ゼンマイか、まりの樣に跳び上ります
綺麗な愛らしい犬だ
利巧で強いはしつこい犬だ
ぴよんぴよんぴよんぴよん跳び上ります
私をめがけて一心に、幾度も
犬が跳び上ります
私の眼を覗つて
私がお前をああ可愛いいと一寸思つた
その眼を犬が一寸見た
それから美しい銀のまりの樣に
犬は絶えず跳び上ります
私の眼をねらつて
ぴよんぴよんぴよんと跳び上ります
×
強い紫のにじんだ寶玉(たま)が
ころころころと光の中をころがりゆく
いくつもいくつも
さびしい響きがそれにともなひ
私の耳にふりこむ
あの寶玉(たま)は雨かしら
それとも私の心の散りゆくさまか
さびしい空しい
泣きたくなる
ころころころと走つてゆく紫の寶玉(たま)
とまれとまれ、とまれ光の中に
私の力を
私の情を
しだらなくどこかへはこび去る、にくいその寶玉(たま)
×
ぬるき火の瀧は金に綠に赤に
地をさして落ち
裸のわれは蛙の如くその下に
はねかへり泣き叫ぶ
われは瀧を上らんとして
はね飛ぶ事千べんなり
いらだゝしきこの夢
さめし後われを戰慄せしめぬ
夢の中にてわが姿は
さながらにひしやげつぶれたる
蛙なりき、
« 私は | トップページ | 病める時 村山槐多 »