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2015/07/27

福岡の孟蘭盆   夢野久作 (唄)

[やぶちゃん注:以下は西原和海編「夢野久作著作集 6」の「獵奇歌」の大パートの定本「獵奇歌」後に配されてある「福岡の盂蘭盆」という歌謡(自作盆踊唄?)である。

 同氏の解題によれば、昭和五(一九三〇)年九月五日発行の地方誌と思われる『福岡』第四十四号に発表されたものとある(署名は夢野久作)。

 西原氏の解題には以下、『本編末尾の四行が、作者の小説「犬神博士」の中にも出て来る』として一部を引用、『本篇とはいくらか表現の違いが見られる。この小説の物語時点である明治の半ば頃、福岡周辺では実際にこのような歌が民間に生きていたと思われるのだが、さてどうであろうか』と述べておられる。「犬神博士」の初出はこの発表の一年後の『福岡日日新聞』昭和六(一九三一)年九月二十三日から翌昭和七(一九三二)年一月二十六日まで連載されたもので、当該小説の第「十五」章に現われる。以下、同章を総て引用しておく。tamiyagi2 校正データを使用させて戴き、同底本で校正した。

   *

 

     十五

 

 その頃の福岡市の話をしたら若い人は本当にしないかも知れぬ。東中洲がほとんど中島の町一通りだけあったので、あとは南瓜(かぼちゃ畑)のズット向うに知事の官舎と測候所が並んでいて、その屋根の上に風見車がキリキリまわっているのが中島橋の上から見えたの、箱崎と博多の間は長い長い松原で、時々追剝ぎが出ていたの、因幡町の土手の町の裏は一面の堀で、赤坂門や薬院門の切れ途を通ると蓮の花の香が噎(む)せ返るほどして、月夜には獺(かわうそ)がまごまごしていたの、西中洲の公会堂のあたりが一面の萱原(かやはら)であったの、西公園に住む狐狸が人を化かしていたのと言ったら、三百年も昔の事と思われるかも知れない。第一、そんな風では何処に町が在ったのかと尋ねる人が出て来るかも知れない。しかしそれでも、九州では熊本と長崎に亜(つ)ぐ大都会だったので、田舎ばかりまわっていた吾輩は、かなりキョロキョロさせられたものであった。

 吾輩はこの福岡市中を、父親の鼓に合わせて、心ゆくまで踊りまわって、心ゆくまで稼いだものであった。ところがさすがに福岡は昔からドンタクの本場だけあって芸ごとのわかる人が多かったらしい。男親の鼓調子にタタキ出される吾輩の踊りは、最初の約束通り全然エロ気分抜きの、頗る古典的なものであったが、却ってその方が見物を感心させたらしく、二十銭銀貨を一つや二つ貰わない日はなかったので、吾輩はトテモ得意になったものであった。生まれて初めて稼ぐ面白さを感じたように思った。

 その或る日の午後であった。男親と吾輩とは福岡部の薬院方面から柳原へかけて一巡すると東中洲へ入り込んで、町裏の共進館という大きな建築の柵内へ入り込んで、那珂川縁に並んでいる栴檀(せんだん)の樹の間の白い砂の上に茣蓙を敷いて午睡(ひるね)をした。これはこの頃夕方になると中洲券番のあたりへ人出が多い事がわかったので、夕方になってからそこを当て込んで一興業する準備の午寝(ひるね)であったが、やや暫く眠っているうちに、あんまり蟻が喰い付くので眼を醒ましてみると川一面に眩しい西日の反射がアカアカとセンダンの樹の間を流れてワシワシ殿の声が空一パイに大浪を打っていた。男親を振りかえって見ると、腐った蜊(あさり)のような口を開あいてガーガーとイビキを搔いている。

 その時であった。何処からか、

「チョットチョット」

 という優しい女の声がしたのでムックリ起き上って、キョロキョロとそこいらを見まわしてみると、木柵の向うから派手な浴衣を着たアネサンが、吾輩の顔を見てニコニコ笑いながら手招きしているのであった。

 吾輩はチョット面喰らった。コンナ美しいアネサンに知り合いはなかったから……。しかし元来見知りをした事のない吾輩は、すぐに茣蓙の上から立ち上って、チョコチョコ走りに柵の処へ来て見ると、そのアネサンの連れらしい肥った旦那が、そこにあった石屋の石燈籠の蔭に立って、やはりニコニコしているのが眼についた。

 アネサンは近づいて行く吾輩を見るとイヨイヨ眼を細くした。

「アンタクサナー。チョット妾達(わたしたち)と一緒に来なざらんナ。父(とと)さんも連れて……ナ……」

 と言い言い吾輩におひねりを一つ渡した。それを柵の間から猿みたいに手を出して受け取りがけに触ってみると、十銭銀貨が三枚入っている。吾輩は何故そんな事をするのか意味はわからなかったが、しかし、そんな意味を問い返す必要は毛頭ない金額であった。

 吾輩は眼を丸くしながら男親の処へ飛んで行ってゆり起した。そうして三十銭のおひねりを見せると、これも何だかわからないままねぼけ眼をこすりまわして、鼓と茣蓙を荷ぎ上げて、頰ペタの涎(よだれ)を拭い拭い大慌てに慌てて吾輩のあとから踉(つ)いて来た。

 立派な旦那とアネサンは、共進館前のカボチャ畠の間から町裏の狭い横露地に曲り込んで十間ばかり行ってから又一つ左に曲がると券番の横の大きな待合の前に出た。そこは十坪ばかりの空地になっていたが田舎の麦打場のように平かで、周囲の家にはまだ明るいのにランプがギラギラ点いていた。その中を夕方の散歩らしい浴衣がけの男女がぞろぞろしていたが、遠くの方の横町には大勢の子供が、

「燈籠燈籠灯(と)ぼしやあれ灯ぼしやあれや。消えたな爺さん婆さん復旧(まあど)いやあれ復旧いやあれやア」

 と唄う声が流れていた。

 その声に聞き惚れてボンヤリ突立っていると吾輩の振袖を男親が急に引っ張ったので、ビックリして振り返ってみると、その空地のまん中に今まで見た事もない四枚続きの青々とした花茣蓙が敷いてある。男親はその一角にかしこまって鼓を構えている。その真正面に今の旦那とアネサンがバンコ(腰かけ)を据えて団扇を使っていたが、アネサンは赤い酸漿(ほおずき)を赤い口から吐き出しながら旦那を振り返った。

「見よって見なざっせえ。上手だすばい」

 旦那は二つ三つ鷹揚にうなずいた。見れば見る程脂切った堂々たる旦那で、はだけた胸の左右から真黒な刺青(いれずみ)の雲が覗いているのが一層体格を立派に見せた。コンナ旦那は気に入るといくらでも金をくれるものである……と吾輩はすぐに思った。

 男親がその時に特別誂えの頓狂な声を立て、

「イヤア……ホウ――ッ」

 と鼓を打ち出した。吾輩は赤い鼻緒の下駄を脱いで、青い茣蓙の上に飛び上ると、すぐに両袖を担いで三番叟(さんば)を踏み出した。

 旦那とアネサンが顔を見交して黙頭(うなず)き合った。

   *

ここに出る囃し詞と思われる部分と、以下の久作の「福岡の盂蘭盆」の末尾の酷似した「 」で括られる囃し詞を以下に並べておく(比較しやすいように「犬神博士」版に合わせて以下の電子データの改行を排除し、字間を空けて示した)。

 

燈籠燈籠灯(と)ぼしやあれ灯ぼしやあれや。消えたな爺さん婆さん復旧(まあど)いやあれ復旧いやあれやア (「犬神博士」)

 

トウロトウロとうぼしヤアれとうぼしヤアれや 消えたお爺さん婆(ばば)さんまアどいやアれまアどいやアれや (「福岡の盂蘭盆」)

 

「犬神博士」版も「燈籠」は拍子から考えても「とうろ」と読んでいると思われるから、その異同は(表記の一部を比較し易くするために一部平仮名化した)、

①「とぼしや」(「犬神博士」)―「とぼしや」(「福岡の盂蘭盆」)

②「消えた」(「犬神博士」)―「消えた」(「福岡の盂蘭盆」)

③「まあどいやあれまあどいやあれや」(「犬神博士」)―「まあどいやあれまあどいやあれや」 (「福岡の盂蘭盆」)

の三箇所のみで、①と③は聴き書きの音写の違いに過ぎないと思われる。本「福岡の孟蘭盆」の二箇所の鍵括弧表記の部分は西原氏のおっしゃるように、古えの囃し文句の採録であると考えて間違いあるまい。

 電子化では踊り字「〱」は正字化した。「燈籠」の「籠」は底本では「篭」。迷ったが、「籠」とした。

 本唄は福岡弁と思われ、全く意味が採れない部分もあるが、到底、私の乏しい知識では注を附すことが出来ない。福岡弁と当地の民俗についてお詳しい方の後日の御指摘を俟つものである。]

 

 

   福岡の孟蘭盆

 

麻ガラと     テフチン松葉

オムカヒ火    燃えてしまふた

 

オハギモテ    オニシメ、オミズ

ナスビやら    キウリ、ボウブラ

オヒカリい    うつつて光る

 

レンの花     クンクンにほひ

蠟燭の      メタタキばして

御先祖の     おいでになると

線香ば      一パイ上げる

うつくしい    福岡の盆

「つんなんごうつんなんごう

 荒戸の濱まで行きまつせう」

 

まん丸い     パンパンシヤマの

寶滿にい     あがらつしやると

 

町中の      軒の提灯

濡れた地(ぢ)イ キラキラつつり

そのまへに    バンコ持ち出す

 

トツトウは    花火ばあげる

カツカーは    吹き上げかける

アネサンは    燈籠ばとぼし

オンダチア    ガンドウまはす

なつかしい    博多の孟蘭盆

 

 「トウロトウロ

    とうぼしヤアれとうぼしヤアれや

  消えたお爺さん婆(ばば)さん

    まアどいやアれまアどいやアれや」

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