深夜の猿 村山槐多
深夜の猿
私がめざめた
しつこく女と遊ぶ夢から
そしてがつくりとした
窓の外で
冷めたい霧が星をくもらせる
地に霜がしがみつく
かつちりと
で、まつくらだ
まつくらな眞の夜中だ
ふと、ぎよつとして私が起きた
はるか怪しい響がつたはる
霧と霧のはざまから
森の底の
遠い禽獸園から
はるかにきこえる
猿が一聲泣いたのだ
鋭どうさびしう
がたがたと私は身を顫はせた
深夜のこの一聲が
私の心の聲ときこえて
しばしば耳を澄ました
がそれつきりで
夜は深々とふけわたつた。
×
眞赤な花の咲いた
薔薇の木のとげにさされて
猿が一聲泣いた
その泣聲がとある日きこえた
美しい君の頰から
不思議で耐らぬ
×
うつくしき眼われを見守る
いつも、いづこにも
動かざる星の如く
消えざる幻の如く
過ぎざる時の如く
ああわれその眼のために動けり
をどれりはたらけり
その眼あればこそ
うつくしき眼よそなたの眼よ
いつも、いづこにも
うつくしき眼わが行なひを見守りて
時に晴れ時にくもる
うつくしき眼よ
[やぶちゃん注:「うつくしき眼よそなたの眼よ」この一行、「全集」では前の連の末尾に続いている。しかし底本を見ると、この前の「その眼あればこそ」の部分三三〇頁が終わって、見開き改頁で左頁の初めに本一行が示されているのであるが、版組を見ると明らかに「その眼あればこそ」の後には有意な行空きがあるとしか読めない。失礼乍ら、彌生書房版「村山槐多全集」はこうした細部の校訂がはっきり言って致命的に杜撰である。]