日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十九章 一八八二年の日本 米搗き / 第十九章 了
図―841
図―842
米を搗(つ)くのには、大きな木造の臼を使用する。槌或は杵は、大きくて非常に重く、頭上はるかに振り上げる(図841)。彼は杵を空中に持ち上げる時、その柄の末端を左脚に当てるので、そこに小布団をつけている。この仕事をするには、強い男が必要である。杵の面は深くくぼんで鋭い辺を持ち、臼の中には図642に示すような、藁繩の太い輪が入っている。杵で打つと、米は輪の外側に押し出されてその内側へ落ち込む。この方法によっては米は循環し、すべての米が順々に杵でたたかれるようになる。同様な場合にこんな事が行われるのを、私はこの時迄見たことが無い。搗いた米から出る黄色い粉末は、袋に入れて顔を洗うのに使用する。我国では玉蜀黍(とうもろこし)の粉を、同様に使う。この米の粉は、また脂肪のついた皿や、洋燈を掃除するのにも使用する。
[やぶちゃん注:「藁繩の太い輪」水車のケースであるが、三鷹市公式サイト内の「水車のしくみ」の「杵(きね)・搗臼(つきうす)」の説明が非常に分かり易い。
これを以って「第十九章 一八八二年の日本」が終わる。次の二十章からは、モースの京都や瀬戸内海を巡る旅が、いよいよ始まるのである。]
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