女と夜 村山槐多
女と夜
女は泣く
女は泣く
鋭どく美しきその泣聲は
わが唇に近し
ああ君よ涙になやむ美しき君のおもてを
かく近く眼にするわれの
いかに幸福を極めたるかな今宵
されども女は泣く
女は嬉しきが如く哀しきが如く
わが貴き ENERGY の奔流の下に
聲をかぎりに泣く
痛ましくもまたうるはしきかなこの狂態
かくも美しき肉體をして叫ばしむるは
われにあらずや
×
躍りゆくさびしき者よ
多くの高きかきを越えて
躍りゆく強き者よ
いづこへと汝はゆく
美しき高き一箇の人
未曾有の怪物と
かくわれは汝の呼ばれん事を希ふ
數刻の後に
躍りゆけいづかたへなりと
うまずたゆまず躍りゆけ
高きかきけはしき地につまづくも
ただ微笑して起き上りとび越えよ
よきかなさびしき者よ
世に汚されぬ貴とき人
寶庫の扉に描かれし
金無垢の人物
×
「貧」の光背を負へるわれは
苦しくもいま道を歩めり
慘憺たる行程よ
野良犬にも劣りたるかな
されどもわが腦は
なほ金色に輝やけり
深き深き暗の奧に
輝がやきをひそめたり
大なる物の
さびしき生長よ
われは微笑しこの自らを見る
よきかなこの鈍牛よ
若きいのちをまきちらさん
大地の上へ
[やぶちゃん注:「鋭どく」「輝がやき」はママ。「かき」は「墻」であろう。本篇を以って大正五(一九一六)年の詩篇パートは終っている。]