一人の美少女に 村山槐多
一人の美少女に
私はあなたを見たえ、はぢめて
紫色のたそがれで
あなたの月みたひな燈が都の辻々で
一ときに點ぜられたときやつた
あなたは珈琲(コーヒー)いろの路上で
巧にまりを二つついて居た
一つは金色一つは紫色で
とんとんとんとおどりみたいな手ぶりで
うれしかつたえ、あなたの顏は
きれいであでやかでそれは美しかつた
もうあしたの曉の光がさして來た
あなたのほんのりとした眼もとに
それでもたそがれで宜(よろ)しゆおした
わたしは薄闇をよいしをに永いこと
あなたをそばでみとれてた
美しいお娘はんほんまえ
あなたは友禪の振袖をうるさそうに
はねのけてとんとんとんと
情を地べたにやる樣についてたまりを
しまひに抱いていなはつた
それから私は忘れられぬ
あなたのしなやかな姿が
淸水の新塔みたいに派手やかな
あなたの衣裳が、紫の帶が
[やぶちゃん注:「はぢめて」「月みたひな」「おどり」「よいしをに」「うるさそうに」はママ。
「淸水の新塔」これは清水寺の奥の院前の道を南の清閑寺方面へ歩いた先にある塔頭泰産寺の三の重塔、通称、子安塔のことか。重要文化財。清水寺の寛永再興時の再建で高さ十五メートル、仁王門近くにある三重の塔の凡そ半分である。参照したウィキの「清水寺」によれば、『元は仁王門下の南側、警備詰所のあたりにあったが』、明治四四(一九一一年)に『現在地に移築された。名前のとおり、安産に大きな信仰を集めてきた』とある。西門の先に建つ和様の三重の塔の方が現在は遙かに「派手やか」であるが、これは昭和六二(一九八七)年に『完了した解体修理により、外部の極彩色が復元され』たものとあることから、子安塔と推測したが、京知らずの我なれば、識者の御判断を仰ぐものである。]