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2015/07/07

夢野久作「赤泥社詠草」7(特異点短歌十八首掲載)

 

落葉林そこあかとなきさみしさに眞晝の月を見出ける哉

 

此(この)窓の足のめさめに今日の事忘れんとおく白菊の鉢

 

冬の日は遙かに遙かに西へ落ち又羽織も着ずに樹に依りてあれば

 

吾が心今しも吾に歸りくるか黄蠟の灯の瞬き息(や)まず

 

[やぶちゃん注:「灯」は久作が小説中でも好んで「燈」と差別化して用いる字であり、後掲する一首には底本自体が「燈」とするものがあることから、本字で示した。]

 

枯野行けば我肩にそと日の照りて何か囁く春近きかも

 

淋しきは吾が性(さが)なれば今宵又春雨の窓閉(とざ)さずて寢(い)ぬ

 

田の中に一本柿の紅葉せるを人指(ゆびさ)せり秋高晴るゝ

 

美しき毛蟲が悶(もだ)へて這ひまはるビイドロ瓶の夏の夕暮

 

吾(わが)馬鈴薯のごと可笑(をか)しければ切れば切る程いくつも芽を吹く

 

秋眞晝半ば見開く眼の中に大鳶(とび)一つ冷ややかに舞ふ

 

吾家の何處かに蜂が巣を掛けて見當らぬ儘冬となりゆく

 

秋の風吹きしく中にもろこしの實をもがれつゝなほたちてあり

 

秋の空いと高ければ風見車日ねもすめぐりめぐりやまずも

 

驛長の赤き帽子の悲しさよ此(この)山峽の春の黄昏

 

[やぶちゃん注:「山峽」は「やまかひ(やまかい)」と訓じたい。]

 

染々(しみじみ)と吾身一つの愛しさよ雪降る窓の燈を消す

 

吾が胸の何かの悲しさ羽ばたきて雪の野渡る一羽の鴉

 

赤き硝子(ガラス)靑き硝子を眼に當てゝ兒(こ)等遊び居り秋高晴るる

 

[やぶちゃん注:「秋高晴るる」は「あきたかばるる」という一語として詠んでいるように私には感じられる。]

 

旅にして悲しき夢の多かりきわけて今宵の窓打つ霰

 

   (大正八(一九一九)年二月二十七日)

 

[やぶちゃん注:短歌十八首一挙掲載の特異点である。先に示した国立国会図書館レファレンスには、大正八年二月二十七日(木)(第一〇一七〇號)・一面・杉山萠圓「無題」(短歌十八首)、とある。]

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