曇りし日の數分 村山槐多
曇りし日の數分
空は眼に見えぬ銀砂をまいた
それは吹きとばされた
風が吹きとばした
もろこしの葉もともに
さびしさよ空は明るまんとして
また沈んでゆく
海は鳴る、遠くで
それはもろこし畑にこだまする
ざつとおやぢは金に枯れたもろこしを
束ねて投げ出した
空はふとねむたい眼をあける
そしてまたねむつたのか
とたん風がひゆうひゆうと吹き過ぎる
なすの花が千ばかりきらめく
すなけぶりが海べからくる
ちしやの葉がひびきを立てた。
[やぶちゃん注:これは間違いなく、大正七(一九一八)年四月中旬の結核発症後、同年九月に療養のために移った九十九里浜の情景に他ならない。この詩篇を以って確定的な結核発覚後に書かれた明確な一篇と名指すことが出来ると私は信ずる。
太字「ちしや」は底本では傍点「ヽ」。老婆心乍ら、「ちしや」はレタスのこと。]