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2015/07/01

氷の涯 夢野久作 (15)

 ……そのドバンチコつて云ふのは、ズツト前に妾(わたし)の處に居た掃除人でね、妾(わたし)の身の上をよく知つて居て、蔭になり日向になり可愛がつてくれた、トテモ信心深い爺(ぢい)やなの。それだのに銀月の女將(おかみ)の意地惡が司令部の内情を探らせ度(た)いばつかりにオスロフを欺(だま)して、アノ馬鹿聾(ばかつんぼ)に化けた朝鮮人夫婦を妾(わたし)んとこへ押込んだお蔭で、とうとう追ひ出されてしまつたのよ。妾(わたし)はお母樣から聞いてチヤント知つてゐたけど、爺やが云つちやいけないつて云つたから默つて居たのよ。それあ可哀想な、正直な爺やなの……妾(わたし)その爺やにアンタの話を聞かせてビツクリさせて遣つたわ。妾(わたし)もずゐぶん無鐵砲だけど、アンタの向う見ずに負けちやつたわ。あのサナカに飛込んでオスロフを助けやうなんて……。

 ……ドバンチコ爺さんは妾(わたし)の話をトテモ感心して聞いてゐたわ。マン丸く見開いた眼に涙を一パイに溜めてね。さうして、「其の上村(うへむら)といふ兵隊さんこそホンタウの勇者(ゆうしや)だ。キツト正教會の信者に違ひ無い」つて云つて眼をシヨボシヨボさして居たわよ。何故つて云ふとね。正教會のお説教の本にコンナ文句があるんですつて……「一羽の雀だつて決して無駄に殺しちやいけない。神樣が其の雀にお附(つ)けになつた價値(ねうち)は、殺した後でなけれはわからないものだ。さうして其時に殺した人間はキツト後悔するものだ」つて云ふのよ。だから無暗(むやみ)に人を殺さうとしては可(い)けないつて云つて、妾(わたし)は昨日(きのふ)から散々お説教を聞かされちやつたのよ。

 ……妾(わたし)は其のお説教にスツカリ降參しちやつたわ。感心しちやつたわ。だつてチヤンとその通りになつて來たぢや無いの。ね。……アソタは一羽の雀よ。いゝこと……ホホホ……。

 ……妾(わたし)と夫婦約束して居たアブリコゾフが捕まつた事は、ドパンチコの處へ行つてから聞いたのよ。お蔭で赤軍の祕密がバレてしまつたと云つて、其話を知らせに來たレポーターが憤慨してゐたわよ。妾(わたし)はそれつ切りアブリコゾフに愛想(あいさう)が盡きてしまつた。あんな意氣地(いくぢ)なしの襤褸男(ぼろをとこ)とは夢にも知らなかつた。

[やぶちゃん注:●「レポーター」この場合の“reporter”は左派運動家の中の「通信員」の意。]

 ……けれど妾(わたし)は口惜(くや)しがる隙(ひま)なんか無かつた。今度はアンタを救ひ出さなければならなかつたから……。十五萬圓事件の陰謀と、赤軍の計畫して居る哈爾賓の搔きまはし計畫と、オスロフ一家の祕密死刑に對する白軍のヒドイ怨みの中から、どうしてアンタを救ひ出さうかと思つて一生懸命になつて居た。

 ……妾(わたし)は其爲に思ひ切つてバリカンで頭を刈つてしまつた。それから中學生に化けたり、メツセンジヤーボーイの自轉車を乘逃げしたりして、町中に散らばつてゐる赤軍のスパイから情報を聞き集めて居るうちに種々(いろいろ)な事がわかつて來た。

 ……何よりも先に哈爾賓附近の赤軍には「日本軍が遠からず滿州を引上げるに違ひ無い。だからそれを機會に哈爾賓を中心にして滿州を赤化してしてしまへ」といふ指令が來てゐたので、各地方から、あらゆる優秀なスパイを集中させて居た。だから今度の事件でも赤軍の方から探らなければトテモ眞相が摑めなかつたに違ひ無い。その中でも朝鮮銀行から出て行く日本軍の軍資金は、ズツト前から赤軍が涎(よだれ)を垂らして居たもので、それに連れて金費(かねづか)ひの荒い星黑(ほしぐろ)主計と十梨(となし)通譯の行動なんかが、スパイ連中(れんぢう)の注意の焦點になつて居たのだから堪(たま)らない。何もかも手に取るやうにわかつて居た。

 ……星黑と十梨が十五萬圓を拐帶(かいたい)して土曜日の晩に逃げ込んだのは、やつぱり彼(あ)の料理屋の銀月だつた。それまで二人は何處かに隱れて飮んで居たらしい。日が暮れてからテイルランプを消した自動車に乘つて銀月に乘付けた二人の姿が、張込んでゐたスパイの眼にチラリと止まつたのだ。

 ……だけど星黑は可愛さうに、その晩から、そのあくる日の日曜の晩にかけて、殺されるかドウかしてしまつたらしいの。

 ……何故つて云ふと星黑は、その土曜日の晩から月曜日の夕方まで一度も姿を見せなかつたのに、十梨は土曜日の夜遲く、一旦、司令部に歸つて、その翌(あく)る朝早くモウ一度銀月へ行くと、スツカリ姿を變へて裏口から出て來た。カーキ色の飛行服に身を固めて、大きな塵除(ちりよ)けの眼鏡をかけて、大型のトランクを積んだサイドカーを押してゐたので、ちよつと誰だか見當が付かなかつたが、それでも背丈(せい)の高さと猫背の恰好が、どうやらソレらしく見えたので、もしやと思つた張込みの赤(あか)の一人が、自轉車で一生懸命に追ひかけてみた。すると、そんな事とは氣付かないらしいサイドカーが、意外千萬にもグングン傅家甸(フーチヤテン)を突き拔けて、格別用事の在りさうにも無い河沿いの堤防(どて)の上を、一直線匠下流の方へ飛ばし始めたので、スツカリ面喰らはせられてしまつた。さうして、とうとう途中で遲れて見失つてしまつたが、それでもヤツト四十露里(ろり)ばかり下流の河岸(かはぎし)で、飛行服を脱いだ通譯姿の十梨が、先刻(さつき)のトランクとサイドカーを河に沈めている處に間に合つたから、その位置を間違はない樣に見定めた。

[やぶちゃん注:●「四十露里」約四十キロメートル。「露里」はメートル法以前のロシアの長さの単位の訳語で、単数形は“верста”(versta:ヴィルスター又はヴェルスター、ベルスタ、ヱルスター等と表記)、複数形は“вёрсты”(vyorsty:ビョールスティ又はヴョールストィ)であるが、日本ではカタカナ表記では複数形でも「ヴィルスター」表記が普通である。日本の「里(り)」に比して「露里(ろり)」と訳される。但し、日本の律令制の「一里」が三・九二七キロメートルであるのに対し、1верста(=500сажень:サージェン。ヴィルスターの下位単位)は約一・〇六六八キロメートルに過ぎず、現在の我々の感覚的にも一キロメートルとした方がすっきりするし、間違いがない。]

 ……それから十梨は、そこいらに落ちてゐる流木を拾ひ集めて一露里半ばかり隔たつた處に在る小高い丘の上に登つて行つた。そこで手に持つた包みの中から、軍服らしいものを取り出して、流木と一緒クタに石油を振りかけながら燒いてゐる樣子であつたが、距離が遠かつたから、その軍服の肩章や、襟章なんかはよくわからなかつた。そのうちに十梨は立ち上つて、地圖らしいものをポケツトから出して照し合はせながら、四方八方を見まはし初めたので、見付かつては大變と思つて、草の中に潜りながら引返して來たが、十梨の姿は、そのまま下流の方向へ、草を分け分け消え失せて行つたやうであつた。…‥といふ報告が、その日の午後になつて、ナハロフカの舊教會に隱れてゐる、赤軍の首腦部の處に來た。

[やぶちゃん注:●「一緒クタ」底本では「一緒コタ」。誤植と断じ、「全集」に従った。 ●「十梨の姿は、そのまま下流の方向へ、草を分け分け消え失せて行つたやうであつた」次の段で赤軍の連中が不思議がっているが、ここは「下流」であることが大きな意味を持っている。十梨はデッチアゲをリアルに見せるため、時間稼ぎは無論、何よりも実際に自身を疲労困憊させるために、わざわざ松花江の下流方向へ向かい、それからご苦労にもまた上流のハルピン市街へと戻るルートを敢えて採っているのである。]

 ……赤軍の首腦部の連中は、かうした十梨の怪行動について、ずゐぶん頭をひねつてゐた。星黑が自分で軍服を燒ゐたやうに見せかけてゐるらしい事は、アラカタ推測が付くが、それから徒歩で、下流の方向に行つた理由(わけ)がどうしてもわからないと云つて困つてゐた。前の日の土曜の晩に、コツソリ星黑を誘ひ出して、其處まで連れて來て殺したのぢや無いか。さうしてモウ一度空つぽのトランクを持つて、後始末をしに行つたんぢや無いか……と云つたやうな細かい説明をつける者も居たが、しかし、どつちにしても其のトランクの中味が、お金ぢや無いかと云ふ疑ひはみんな十分に持つてゐた。

 ……赤軍の連中は、だからその晩の七時半頃に、四五人でサイドカーとオートバイに飛乘つて、現場に行つてみた。妾(わたし)も其の中に混つて居たが、案内に立つた赤の一人が、「ここだ」と指(ゆびさ)した川隈(かはぐま)に小さな碇(いかり)の付いた綱を投げ込んで、サイドカーと結び合はせて沈めて在つたトランクを草の中に引上げて、細い月あかりの下(した)で開いてみると、中からは、後頭部(うしろがみ)と下腹部(したつぱら)を背後(うしろ)から射拔(いぬ)かれた星黑主計の、丸裸體(はだか)の變色屍體(へんしよくしたい)と、十梨が脱いで行つたらしい飛行服と、重たい鐵片が出て來た。それはずゐぶんスゴイ見物(みもの)であつたが、しかし、お金は一文も這入つていなかつたから、そのまゝ元の通りに暗い水の底へ沈めて來た。

[やぶちゃん注:●「河隈」川の流れが折れ曲っている箇所。蛇行部。 ●「後頭部(うしろがみ)と下腹部(したつぱら)を背後(うしろ)から射拔(いぬ)かれた星黑主計の、丸裸體(はだか)の變色屍體(へんしよくしたい)」「全集」では「裸體(はだか)」の箇所を除いてルビがない(本全集は全体が異様にルビに禁欲的で、久作の味なルビ打ち部分が著しく減衰させられている)。私はこれと「後頭部と下腹部背後から射拔かれた星黑主計の、丸裸體(はだか)の變色屍體」という文字列とはこれ、読者に全く異なった印象、ルビありの方が頗る凄惨な遺体の印象を与える、と思う。これは全く別な表現である。]

 ……だから……さうした事實から考へ合はせてみると、十五萬圓のお金は、十中八九まで銀月の中のドコかに隱して無ければならぬ。つまり銀月の女將と、十梨通譯だけが知つてゐる祕密の場所に仕舞つてなければならない筈であつたが、さうした場所は今の處、銀月の家の中よりほかに考へられない……と云ふのが、みんなの一致した意見だつた。

 ……銀月の女將がカタリナ皇后にも負けない大惡黨で、十梨が其のお先棒になつてゐる證據は、あれだけの事實で百二十パーセントに裏書きされてしまつた。……もつともモウ一人、阪見(さかみ)つて男が、銀月の男妾(をとこめかけ)になつて居るつて話だけど、此の男は、大變な飮み助で、いつもグウグウ寢てばかり居るので、赤軍ではテンデ問題にしてゐなかつた。打つちやつて置いたら今にキツト、十梨が銀月に入り込むに違ひないつて云つてゐた。

[やぶちゃん注:●「カタリナ皇后」ロマノフ朝第八代ロシア皇帝である女帝エカチェリーナ二世アレクセーエヴナ(Екатерина II Алексеевна 一七二九年~一七九六年)のことであろう(ドイツ語や英語由来の“Katharina II.”は「カタリーナ」と音写される)。第七代皇帝ピョートル三世(一七二八年~一七六二年)の皇后であったが、一七六二年六月二十八日(皇帝在位約六ヶ月)にして自らを支持する近衛部隊のクーデターによって女帝となった。参照したウィキの「エカチェリーナ2世」によれば(アラビア数字を漢数字に代えた)、『私生活面では生涯に約十人の公認の愛人を持ち、数百ともいわれる男性愛人を抱え、夜ごと人を変えて寝室をともにしたとする伝説もある。孫のニコライ一世には「玉座の上の娼婦」とまで酷評される始末であった』とある。]

 ……銀月の女將はアンタを味方につけて、何かの役に立てようと思つて御馳走をしたに違ひ無いのだ。萬一、十梨が裏切りさうな素振りを見せた場合に、アンタの手で片づけてて貰はうと思つたのかも知れない。それともアンタを殺すか、お金を遣つて逃がすかして、司令部の中の事を銀月に内通してゐたのはアンタだと思はせようとしたのかも知れない。それともモツト都合よく行(ゆ)けば、自分と十梨の罪をスツカリ、アンタに塗り付けて今までの陰謀の尻拭ひをする計畫だつたのかも知れない。

 ……銀月から出た邦文タイプライターの呼出し手紙がアンタに屆ゐた事は、赤の一人が化けてゐた郵便配達夫から、直ぐにナハロフカの首腦部へ通知して來た。すると陰謀に狃(な)れ切つてゐる首腦部の連中はタツタそれだけで、今云つた樣な底の知れ無い女將の計畫を察して、その頭のスゴサに驚いてゐたが、又、その中(うち)に間もなくアンタが、ハルピン一流の床屋でお化粧をして、銀月に乘込んだ事を見張りの者が知らせて來たので、赤軍の連中は今更のように女將の魔力に驚いてゐた。さうして直ぐにも其計畫の裏を搔いて、十五萬圓を此方(こつち)の物にする爲に、アンタを赤軍に引入れようか、どうしようかと相談を始めた。

[やぶちゃん注:●「狃れ」「狎れる」に同じいが、「狃」は文字通り、犬が人に馴れ親しむを原義とする。]

 ……妾(わたし)は赤軍の首腦部がアンタの事をあんまり詳しく知つてゐるので、氣味が惡くなつてしまつた。それはアンタが、司令部のお使ひを一人で引受けてゐるばかりでなく、女や、酒や、賭博(ばくち)なんぞを見向きもしないのでみんな不思議がつて居た……ばかりでなく閑暇(ひま)さへあれば哈爾賓の市中を歩きまわつて、何かしら視察したり研究したりして居るらしいので、もしかすると日本政府の祕密監察官(ゲーペーウー)みたやうな人間ぢや無いかと思つて怖がつて居たせゐらしい。……しかし一方には、アンタがそんな人間ぢや無い。アンタは正直な日本の兵隊さんで温柔(をとな)しいお坊ちやんに過ぎない。アンタが本屋から買つて行(ゆ)く樂譜や雜誌が、高尚なクラシカルなものに限られて居るのを見てもわかる……と云ふ者が可なり多かつた。しかしアタマだけは通りがゝりの兵隊さんと違つてゐるから、此際(このさい)にウツカリした事を云ひ出して、アベコべに此方(こつち)の祕密を見拔かれる樣な事になつては大變だ。此のまゝ放つて置いて、見殺しにした方がいい。さうして萬一無事に銀月から出て來る樣な事になつたら、司令部に歸り着かないうちに、手輕く片づけた方がいゝ。十五萬圓の金を取出す機會は、アトでいくらでも考へ出せるだらう。アンナ頭のいゝ人間が司令部に居たら、將來の仕事の邪魔になる虞(おそれ)がある。現にニーナさんの仙人掌(サボテン)通信の祕密を見破つた位(くらゐ)だし、アブリコゾフを押へて根こそげ白狀させたのも、あの當番卒の働きかも知れないのだから、今のうちに片付けた方がいゝと云ふ説が出て、ヤツサモツサと大議論の末、とうとうアンタを抹殺する事に話がきまつて、其の役目を妾(わたし)が仰せつかつてしまつた。其の時にも妾(わたし)は思はずカーツとなつたけど、よく考へてみるとトテモいゝ都合だと氣が付いたから知らん顏をして引受けて置いた。
 
[やぶちゃん注:●「祕密監察官(ゲーペーウー)」「ゲーペーウー」(ГПУ)はロシア・ソビエト連邦社会主義共和国内務人民委員部附属国家政治局(
Государственное политическое управление/ラテン文字表記:Gosudarstvennoye politicheskoye upravlenie/GPU)の通称。ソビエト連邦のレーニン及びスターリン政権下に於いて反政府的運動・思想を弾圧した秘密警察で日本語では「国家政治保安部」とも呼ばれるが(ここまではウィキの「ゲーペーウー」に拠る)、作品内時間の一九二〇年にはまだ「ゲーペーウー」は存在しておらず、その前身である「チェーカー」(ЧК)でなくてはおかしい(「チェーカー」から「ゲーペーウー」への改名は作品内時間の二年後、一九二二年二月六日である。従って話者のニーナも下村も「ゲーペーウー」を使うはずがないのである。……「……久作さん……ハヽヽ……とんだ處を藪野に突つかれましたネエ……」)。チェーカーはレーニンによってロシア革命直後の一九一七年十二月に人民委員会議直属機関として設立された秘密警察組織の通称で、正式名称は「反革命・サボタージュ取締全ロシア非常委員会」(Всероссийская чрезвычайная комиссия по борьбе с контрреволюцией и саботажем)で略称も正式には「ヴェーチェーカー」(ВЧК)である。ここで参照したウィキの「チェーカー」によれば、『「チェーカー」と呼んだ場合にはこの名称から「全ロシア」が取れることとなる。その管轄がロシア共和国に留まらなかったことからこう呼ばれる場合もあるが、「ヴェー」抜きで呼んだ場合は「全ロシア非常委員会」の各都市の支部を指す可能性もあり、正式名称に沿って「ヴェーチェーカー」と呼ぶ事が好まれる』とあり、また、『ソ連では、チェーカー勤務者や一般に国家保安機関に勤務する者のことをチェキスト(чекист チキースト・非常委員)と呼んだ』とある。因みに、GPU(ゲーペーウー)はスターリン死後の一九五三年九月に廃止され、翌一九五四年三月十三日に改組された情報機関・秘密警察であるソ連国家保安委員会(Комитет государственной безопасности)、略称「КГБ(カーゲーベー)/KGB」に引き継がれた。]

 ……しかしその次に提出された十梨通譯の處分問題は、アンタと正反對に滿場一致で、わけもなく可決された。

 十梨通譯は元來上海に居る支那人の富豪と日本人の妾(めかけ)との間に生まれた混血兒で、第三インターナシヨナルに屬する歐露人(おうろじん)の手先になつてゐたものであつたが、母親と一緒に東京に歸つて居るうちに、上手に履歴書を僞造して、日本軍に雇はれたばかりぢやない。慾道心(よくだうしん)に○國(こく)の軍事探偵みたやうなお役目までも祕密に引受けて居ることが、思ひがけないところから判然(わか)つて來た。……と云ふのは、ほかぢやない。十梨は英語と支那語が出來ないことを自慢みたやうに云ひ觸らして居たが、ズツト前、平康里(へいかうり)で支那人の娼婦(ぢよらう)を戲弄(からか)つてゐた言葉が純粹の上海語(シヤンハイご)だつたので、もしやと思つて四馬路(スマロ)の支部に問ひ合はせてみると、案の定、今云つたやうな事實と一所(しよ)に、上海で十梨を買收してゐた○國人(こくじん)の名前を通知して來たばかりでなく、チヨコチヨコと小怜悧(こりかう)に裏切りしてまはるのが、十梨の持つて生れた性分らしい……と云つたやうな餘計な事まで、附け加へて來たのであつた。

[やぶちゃん注:●「第三インターナシヨナル」コミンテルンのこと。本作品時間内の二年前である一九一九年、レーニン率いるロシア共産党を中心とした各国共産党及び左派社会民主主義者グループによってモスクワで創設された国際的労働者組織。 ●「四馬路(スマロ)」。現在の上海市内の福州路。蘇州河の南側にあって各租界に近く、また、名高い娼婦街でもあったから、地下組織のアジトにはもってこいと言える。]

 ……だから赤軍の建前から云ふと、十梨は直ぐに裏切者として、處分しなければならない筈であつた。上海からも催促して來てゐる位(くらゐ)であつたが、しかし夫れは十五萬圓の行方が解つてからの後の方がいゝ。星黑が盜み出した金は多分、銀月の中の何處かに隱して在ると思はれるが、しかしまだハツキリとした斷定は出來ない。十梨だつて油斷はして居ないに違ひ無いから、ことによるとお金はまだ銀月の女將に引渡さないで、何處かに隱して居ないとも限らぬ。だから夫れを一分一厘間違ひ無い處まで探り出すには、無罪放免になつた後(のち)の彼奴(きやつ)の行動に氣を附けて居るのが一番早道だらう。さうしてイヨイヨお金の在所(ありか)がわからなければ、引つ捕(とら)へて白狀させる事にしよう。それから處分しても遲い事はない……と云ふ事にきまつた。だから十梨を片づける役目は、まだ誰(たれ)にも指命(しめい)されなかつた。

 ……妾(わたし)はソソナ相談がアラカタきまると、話の變らないうちに大急ぎで對岸のドバンチコ爺やの所へ歸つた。けれども今度は爺やに何も話さなかつた。あの爺やはモウずつと前から妾(わたし)の性分を見貫いて居たんだからね。……お孃さんの身體(からだ)にはコルシカ人(じん)の血が流れてゐる。しかも夫れはウツカリすると神樣に反逆しようとする恐ろしい血だ。憎くらしい人間にめぐり合ふと、その人間の息の根を止めなければドウしても承知出來なくなる血だ。コルシカ人は夫れを正義の血と云つて居るけれども、それは人間世界の正義で、神樣の世界の正義ぢやない。……とか何とかトツテモ六つかしい事を云つて、間(ま)がなスキがなお説教をして居たんだからね。ソンナ爺やに妾(わたし)が今思つてゐる樣な事の百分の一でも話さうもんなら、それこそ生命(いのち)がけで邪魔するにきまつてゐるからね……。

[やぶちゃん注:●「コルシカ人」コルシカ人(イタリア半島の西に位置するフランス領のコルシカ島の出身及びその血族)は血の繋がりや家族の絆を極めて大切にするとされ、非常に強い名誉心を持ち、一旦、恥を受けたからには死を賭してそれを雪(すす)ごうとするという。因みに、最も知られたコルシカ人はナポレオン・ボナパルトであろう。また、コルシカ島はシシリア島のマフィアと並らぶ犯罪組織コルシカ・ユニオン(Unione Corse)の発祥地の一つとしても知られるが、コルシカ・ユニオンは他の犯罪組織に比べても有意に結束力が強く手強(てごわ)いとされている。まさに、ニーナの「血」が騒ぐのである。

 ……だから妾(わたし)は家へ歸つて、ドバンチコのお神さんやウジヤウジヤ居る子供たちと一緒に正餐(ごはん)を食べてしまふと、みんなが球根を片づけに行つた隙にコツソリと裏口へ拔けて、花畑の向うの厩(うまや)の天井裏に這ひ上つて、其處に隱して置いた寶石だの、お金だのを取り出した。それはみんなアブリコゾフやオスロフから貰つたものばつかりだつたが、それから河を渡つて傅家甸(フーチヤテン)の支那人の質屋を二三軒まはつて居るうちに、妾(わたし)の顏を知つてゐる支那人が居て、一番大きな贋造紅玉(にせルビー)を、一番高く價踏(ねぶ)みしたから、其處でスツカリ型をつけてしまつた。それから河岸(かし)のヨツトクラブへ引返(ひきかへ)してズツト前にオスロフが買ひかけた事のある此のモーターボートと、油と、そのほか色んなものを買ひ込んだ。實を云ふと郊外の踏切から線路(廣軌(くわうき))の上に自動車を乘り上げて走ると、汽車よりもズツト早く逃げられると思つたけど、汽車の通らない時間を調べるのが面倒臭かつたし、途中で警戒されて居るといけないから止(よ)した。

[やぶちゃん注:●「實を云ふと……」の台詞! スゴ!! これだからニーナはスキさ!! ●「廣軌」私は車の運転免許を欲しいとも思わないばかりでなく、残念なことに鉄ちゃんでもない。ウィキの「広軌」によれば、広軌(Broad gauge)とは、鉄道線路のレール間隔をあらわす軌間が標準軌の1435mm4 ft 8 1⁄2 in)を超えるものを言い、ロシアとモンゴルなどの近隣諸国では現在も1520mm とあり、しかもそこには『元は1524mm5フィート』とあるから、当時の長さもこの五フィート、一メートル五十二センチ四ミリであったと考えられる。因みに少し後(本作発表は昭和八(一九三三)年)であるが、日本初の国産実用四輪駆動車として昭和一一(一九三六)年から量産された大日本帝国陸軍の小型軍用乗用車で、日中戦争時に使われた九五式小型乗用車(通称・くろがね四起(よんき))の全幅は一・三メートルであった(ウィキの「九五式小型乗用車」に拠る)

 ……それから色眼鏡をかけた中國人に變裝して、銀月の横町に、自動車(タクシー)を用意して待つてゐた。仕合せと銀月には何の警戒も附いて居なかつたので、冒險をする必要はなかつたが、其代り隨分待ち遠しかつた。第一警戒が無い爲に、アンタが銀月に居るのか居ないのか、確かな見當が付かなかつたので、何とかして探り出す方法は無いかとソレばつかり苦心して居た。

 ……すると、ちやうどいゝ事に十時頃だつたか、赤軍の本部に居る可愛いメツセンジヤーボーイの姿をしたレポーターが、自轉車に乘つて通りかゝつた。その小僧は路次の中に隱れてゐる妾(わたし)の姿を見ると直ぐに片手をうしろ向きに上げて「引き上げろ」といふ合圖をしたから、妾(わたし)は大急ぎで追付いて、ハンドルを摑まへながら、路次の中へ引つぱり込んで樣子を聞いてみると、その話がトテモ大變なの……「ニーナさんは此の前に上村一等卒を殺しかけてシクジツタんだから、サツキの指令は取り消した方がいゝつて云ふ事に、首腦部で話がきまつた」つて其の小僧が云ふの。さうして其代りに、日本軍の司令部へ宛てた密告書を出すことになつた。「上村一等卒はオスロフに買收された赤軍のレポーターだ」つて云ふ内容で。白軍から出した樣に見せかけた手紙を、タツタ今セントランの郵便受箱に入れて來た處だ。その中には、今までの上村一等卒の怪しい行動がみんな書いて有るから、大抵申し開きが出來ないで殺されるだらう。それよりも司令部の連中が今の間に其の手紙を見て、こつちの方に手配りを始めたらケンノンだから早くどこかへ逃げなさい」つて云ふうちに其の小僧は顏を眞赤にしながら、妾(わたし)を振り切つて逃げて行つた。

 ……可哀(かはい)さうにあの小僧は殺されて居るかも知れない。何故つて云ふと赤軍では、ドンナに無茶な指令を出しても、その理由を絶對に説明しない事になつて居る。さうして萬一それを犯した事がわかつたら、事情のある無しに拘はらず死刑にする……といふ嚴重な規定があるのだから……尤も妾(わたし)は哈爾賓の赤軍の中でもタツタ一人の女だつたし、今までの仕事もあつたお蔭で、首領株(しゆりやうかぶ)とおんなじに信用されてゐたんだから、あの小僧も其積りでウツカリ饒舌(しやべ)つたかも知れない。

 ……ところで妾(わたし)は其の指令を受取つても動かなかつた。あの小僧と一緒に死刑にされてもガンバリ通す決心をしてしまつた。その指令のおかげでアンタが銀月の中に居る事が確かになつたのだから、イヨイヨ度胸をきめてそのまんま辛抱を續けてゐると、ヤツト十一時頃になつてアンタがブラリブラリと出て來たからイキナリ短劍を突きつけて自動車に乘せた。それからアトを跟(つ)けられて居るか、どうかを見るために、トルコワヤ街を下つて、チヤリナゴナリナヤ街を一直線に、鐵道工場の横まで來て自動車を歸して、線路を乘越して河岸(かし)から此のボートに乘込んだのだ。最早(もう)ヨツト倶樂部(くらぶ)の前を乘越したし、鐵橋の下も傅家甸(フーチヤテン)の横も通り拔けたから大丈夫だ。アトは今の間(あひだ)に妾(わたし)の裏切りを感づいて、河岸(かし)に出てゐるかも知れない赤軍の監視と、モツト下流の方で星黑の行方を搜索してゐるかも知れない日本の憲兵隊が怖いだけだ。

[やぶちゃん注:●「短銃」「全集」は(正字化した)『短劍』であるから、久作がそう書き換えたものらしいが、寧ろ私は、上村が大人しく車に載るとすれば(しかもまたグズグズしてもいられない火急の折りである)、ここはピストルでないとピンとこない。 ●「跟(つ)けられて」「跟」は音「コン」で、くびす・踵(かかと)が原義。他に、従う・後について行くの意がある。 ●「チヤリナゴナリナヤ街」不詳。先に引用した満州小考には当時のハルピンの街路名の一覧があるが、似たようなものはない。ルートから見て、松花江近くの街路名か。]

 ……しかし、それよりも何よりも、妾(わたし)が一番怖かつたのは誰(たれ)でもないアンタだつた。アンタが妾(わたし)の變裝を一眼(め)で見破つて居るらしいのに、兩手をポケツトに突込んだまま妾(わたし)の云ふなりになつて來たので、何をされるか判らないと思つてヒヤヒヤして來たが、タツタ今、梨を剝いて呉れたので、ホツト安心した。……けれど、それと同時に、アンタが日本の官憲に逮捕されても、やつぱりあんな風に默りコクつたまま銃殺されてしまふのかと思ふと、悲しくなつて涙が出た。

 …‥でも、そんなに苦勞をしたお蔭で、アンタと妾(わたし)だけが、かうして助かる事が出來たんだから嬉しい。ホンタウの事を正直に話す勇氣のある者は、アンタと妾(わたし)だけだから

 ……妾(わたし)はオスロフを可愛さうと思はない。あの男は、あれでなかなかの好色漢(すけべい)だ。滿洲里(まんちうり)にもポクラニーチナヤにも妾(めかけ)を置いて居るのだ。おまけに奧さんが肺病だもんだから、死んだら妾(わたし)をオメカケにする積りで居る事が、奧さんに祕密(ないしよ)で寶石を買つて呉れたり、コツソリお酒を飮ませたりして眺めてゐる眼付(めつき)でよくわかつて居たの……イヽヱ。さうなの。ドバンチコもさう云つてたの。お父さんには用心なさいつて云つて居た位だから……。

[やぶちゃん注:●「ポクラニーチナヤ」底本は「ポタラニーチナヤ」であるが、誤植と断じ、既出の表記で訂した。既注。]

 ……ただ可哀相(かはいさう)なのはお祖母樣(ばあさん)と奧さんであつた。妾(わたし)を親身の孫や娘のやうに可愛がつて下さつたので、十梨と銀月の女將が飛んでも無い寃罪(むじつ)の罪を云ひかけて殺してしまつた。それを思ふと妾(わたし)は身體(からだ)中がふるへ出す。骨の髓まで黑い血が走り込んで行(ゆ)く。神樣の正義は神樣が守りやあいゝ。人間の正義は人間が守るばつかりだ。妾(わたし)は讐敵(かたき)を討たずには居(を)られない。あの婆さんと奧さんの爲に……さうしてアンタの寃罪(むじつ)を晴らす爲に……。

 ……十梨と銀月の女將はドパンチコの云ふ小雀ぢやない。二匹の毒蛇だ。哈爾賓の地の下に潜つて、一番恐ろしい毒を吹いてゐる雌と雄の金蛇(きんへび)だ。妾(わたし)は近いうちに哈爾賓に引返(ひきかへ)してキット讐敵(かたき)を取つて見せる」

 といふうちに彼女はスツカリ昂奮したらしい。二つ目の梨の喰ひさしを松花江(しようくわかう)の流れ目がけて、力一パイたゝき込んだ。

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