古い日記の中から 夢野久作 短歌十二首
[やぶちゃん注:以下の総表題「古い日記の中から」という全十二首に「直木」という個人名が読み込まれた歌群は西原和海編「夢野久作著作集 6」の「獵奇歌」の大パートの定本「獵奇歌」後に配されてある。
同氏の解題によれば、『雑誌文芸』の昭和一〇(一九三五)年十二月号及び翌昭和一一(一九三六)年一月の二号で連載されたものである(署名は夢野久作)。
西原氏の解題には書誌情報以外は載せられていない。しかし、発表時期と、徹底した俳諧的諧謔を用いながらも友人である「直木」なる人物への深い追悼の意で一貫している点、歌意のはしばしから「直木」なる人物が知られた同世代の小説家仲間であろうと思われることから、久作より二歳年下の直木三十五(明治二四(一八九一)年~昭和九(一九三四)年二月二十四日)であると考えてよい。歌の一節に「頭まで來てヤツト死んだ」とあるが、三十五は結核性脳膜炎で亡くなっている。]
古い日記の中から
死ぬる死ぬるとおのが生命を高い價に賣喰ひにして直木は死んだ
[やぶちゃん注:「價」底本では「値」。]
俺は死ぬんだだから誰にも負けないぞ來るなら來いと直木は死んだ
俺の事は俺がするんだ間違つても文句を云ふなと直木は死んだ
女なら女で來てみろ病なら病氣で來いと直木が死んだ
Gペンで小さく小さく書いた字が見えなくなつて直木が死んだ
[やぶちゃん注:「小さく小さく」の後半は底本では踊り字「〱」。]
尻の方から腐り上つて行くうちに頭まで來てヤツト死んだ直木
俺に取つて金は空氣と同じものだ何が税金だと直木が笑つた
半年の生命を本屋へ質に置いて本屋に葬式を出させた直木
逆王に這入つた直木は逆に利く桂馬に頭を遣られて死んだ
[やぶちゃん注:「逆王」私はこの年になっても金と銀との動かし方を知らない迂闊な男であるが、これは「逆王手」、王手をかけられたために動かした駒が、逆に相手に王手をかける打ち方のことであろうか? Masato Hasumi 氏のサイト内の「逆王手って、どんな意味?」に将棋での意味が最後の注で記されてあるので参照されたい。]
前後から外れる直木の褌を當てにしてゐた奴が奪ひ合つた
ダメになつた頭で直木が碁を打つて、負けて遣つた奴に葬式をさせた
死ぬまでは死なゝいと書いた稿料を一文も取らずに直木は死んだ