橋本多佳子句集「命終」 昭和三十四年 紀南
昭和三十四年
紀南
岬に土ありて藷づる引けば藷
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「藷」は「いも」、甘藷。サツマイモ。和歌山県東牟婁郡串本町の潮岬(しおのみさき)での藷掘りでの吟。本州最南端の串本町では温暖な気候を利用して古くから地元だけで消費されていた果肉が鮮やかな黄色でしっとりとした食感の非常に甘い薩摩芋が栽培されている(参照した後に示す和歌山県公式サイトの記載によれば、串本町には慶長二〇・元和元(一六一五)年に既に栽培していた記録があると記す。但し、ウィキの「サツマイモ」によれば、サツマイモがフィリピンから中国を経て宮古島に伝来したのが一六一〇年代初頭、その後沖繩本島(琉球王国)を経て本土の薩摩国種子島に伝わったのは元禄一一(一六九八)年三月、薩摩藩で「カライモ」と称して本格的に栽培されるようになったのは一七〇〇年代初頭とあるから、この古記録が正しいとすると、驚くべきことに、遙かその凡そ百年以前に恐らくは黒潮を伝って独自にサツマイモがこの地に齎されていたということになる)。「和歌山県」公式サイト内の「東牟婁地方の食材コレクション」によれば、近年、「なんたん蜜姫」(商標登録出願中)というブランド名で売り出されているとある。]
礁の道女藷担(か)く肩かへては
子の干柿口より享けて口濡れる
廃馬ならず花野に手綱ひきずつて
一摑み落葉を置けば水急ぐ
みな聳ちて冬山那智に聚まれる
冬山中いま暮る滝に会ひ得たり
滝凍てしめず落下すなほ落下す
全山の寒暮滝壺よりひろごる
冬の旅滝山に入り滝尊む
滝を神としとどろくものとし禰宜かがむ
冬滝の天ぽつかりと青を見す
滝山を出づる沖には冬白浪
太地(たいぢ)
鯨割く血潮三和土に流れ難く
鯨の血蟹の行動さまたげず
冬潮にしづみて散らず鯨の血
鯨の血流れて海に入り沈む
海に生きし大鰭離す鯨より
閉ぢし眼の一文字雨の古鵙よ
[やぶちゃん注:底本年譜の昭和三三(一九五八)年十二月の条に、『新宮公民館俳句大会のため、紀南の旅に出かける。潮岬での藷掘り、那智の滝、太地では鯨を割くのを見る』とある。]
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