モデル女に 村山槐多
(この詩の前に長い無題の一篇があるが、そこで言及されるピカソの絵について現在、教え子が調査中なので、その一篇の公開はペンディングとする)
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モデル女に
あゝ美しきかな
汝の全體
先づ吾を戰慄せしむるは
汝の胸上なる二つの肉感的なる球なり
美しくとがりたる乳房なり
汝の腕なり
そは鍾乳石にも比すべきかまた
汝の首なりまた
汝の長く肥りたる兩足の交錯なり
そこにうねれる凸凹の美しさよ
あでやかなる肉はまた汝の□□に浮く
そこに紫の□の威あるかな
あゝ美しきかな
女の裸體
われはむしろ「□□□」の名を受けて世界中の□□□をのぞきまはらん
ピカソ展覽會のカタログを見て
ピカソの戀をおぼえそめけり
ムツシユーピカソ――
ピカソさん
あなたの畫に僕はすつかり
崇拜を捧げます
私もあなたの如く
立派に描きたう思つて居る
日本のゑかきの
新兵です
[やぶちゃん注:「全集」では「ムツシユーピカソ――」のダッシュが存在しない。以前にも少し引用したが、彌生書房版の初版(昭和三八(一九六三)年)の編者山本太郎氏の編集後記には、「槐多の歌へる」『に於て「□□□」式のいわゆる伏字の部分は、当時の出版コードによるものと思われるが、原典散逸していまは埋める術もない。槐多の多く好んで用いた語句とともに、明瞭に類推しうる箇所は編者註として補塡したが、大部分は伏字のまま残す事にした。徒らな歪曲をさけたい為でもある』とあり、本篇では編註で挙げられてある。それはあくまで山本氏の類推であるわけだが、我々はつい、その註が本文に無造作に挿入されてあると、補填された正当な原詩型と勘違いして読んでしまう傾向が強い。私は山本氏の推定補填がおかしいと言っているのではない。ないが、しかし、これは本来、本文とは別に項立てて行うべきものではないかと考えるものである。ここではそこで、山本氏の著作権を侵害することを敢えて承知で(極めて厳密に言えば、推定復元部分は山本氏の著作権に当たる)、ここでは、山本氏の推定通りの文字を伏字と交換して、全篇を示し、その可否を読者の手に委ねたいと思うのである(「無頼漢」の「頼」は正字化して挿入した)。
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モデル女に
あゝ美しきかな
汝の全體
先づ吾を戰慄せしむるは
汝の胸上なる二つの肉感的なる球なり
美しくとがりたる乳房なり
汝の腕なり
そは鍾乳石にも比すべきかまた
汝の首なりまた
汝の長く肥りたる兩足の交錯なり
そこにうねれる凸凹の美しさよ
あでやかなる肉はまた汝の谷間に浮く
そこに紫の毛の威あるかな
あゝ美しきかな
女の裸體
われはむしろ「無賴漢」の名を受けて世界中のモデルをのぞきまはらん
ピカソ展覽會のカタログを見て
ピカソの戀をおぼえそめけり
ムツシユーピカソ――
ピカソさん
あなたの畫に僕はすつかり
崇拜を捧げます
私もあなたの如く
立派に描きたう思つて居る
日本のゑかきの
新兵です
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