宮殿指示 村山槐多
千九百十八年(23)
宮殿指示
みなさま御覽なされ
私のさす方を
金、硝子、玉、銀、鐵、銅、大理石、
あらゆる輝やく物が握み合つて叫び合ふ
赤熱したオベリスクだ
かつと、ごちやごちやと空に棒立つ、
あれがすばらしい御殿だ、體積十億立方米、
總體の色が紫だ
日が降ると血がかる
總體が一つの樂器だ
絶えずうめき鳴りきしめく
柱に、天井に、床に、それぞれ樂器が埋めてある
絶えないオルケストーラ
耳をすまして御覽なされ
總體が一つの香料だ
椅子も玉座も玄關も屋根も皆にほふ
蜜蜂が數萬御殿へ日毎に集まつて狂ひ死ぬ
こゝからその有樣は見えますまいて
だがにほひはつたはりましようがな
ところがこのすばらしい宮殿には
たつた王樣がひとりぼつちでお住まひだ
みな樣御覽なされ
王樣が窓から見える
黄金のパレツトを手にして
畫を描いて居られる
みなさま土下座をなされたい
王樣がお出ましだ
王樣は是から淺草へ行幸だ
泡盛を呑みに、
×
走る走る走る
黄金の子僧ただ一人
入日の中を走る、走る走る
ぴかぴかとくらくらと
入日の中へとぶ樣に走る走る
走れ子僧
金の子僧
走る走る走る
走れ金の子僧
×
世界がかきくもる
ぬえが現はれる前の空の樣に
私はまた愛の恐ろしい曇天に會つた
そしてわけもなくふさいで居る
ばかばか、ばか、
と云つても空は晴れない、
私の心の空は
[やぶちゃん注:「ましようがな」及び四箇所の「子僧」は総てママ。太字「ぬえ」は底本では傍点「ヽ」。]