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2015/07/02

氷の涯 夢野久作 (17)

 その食事の最中に彼女は、ソバカスで隈取(くまど)つた、睫(まつげ)の長い眼を上向(うはむ)けて(僕が彼女の顏を注意して見たのは、此時が初めてゞあつた)澄み渡つた大空をアツチ、コツチと見まはしながら、何かしきりに考へてゐるらしかつたが、そのうちに食事が濟んでしまふと、彼女はクルリと向うむきになつて艇尾(スタン)の甲板に倚(よ)りかかつた。さうしてレターペーパと鉛筆を取出す片手間に、僕の顏をジロリと見た。

「……ネエ……妾(わたし)もう自烈度(じれつた)くなつたから、こゝから赤軍に復讐して遣るわよ。モウいつ哈爾賓に歸れるか解(わ)からなくなつちやつたんだから、今のうちに赤軍のスパイ網(まう)を、根こそげ日本軍にブチ撒(ま)けて遣らうと思ふのよ。オスロフだつて知らなかつた事を、妾(わたし)はチヤントこの眼で見まはして來たんだから……ネエ。いゝでしよ。……通りかゝりの小舟に賴んで、これを日本軍の司令部に持つて行つたら、タンマリお金が貰へるんだつて云つて遣つたら、大抵無事に屆くでせう。日本軍は信用があるんだから……序(ついで)にアンタと妾(わたし)の「左樣なら」も書いとくわ。ねえ。いゝでしよ」

 さう云ふうちに彼女は船底から、飮みさしの眞黑なウオツカの角瓶を引つぱり出して、さも氣持ちよささうにコルクの栓をスツポンと引き拔いた。おほかた彼女一流の、惡魔のやうな記憶力を喚び起す目的であつたらう。

 しかし正直のところ其時の僕に取つては、そんな事はドウでもよかつたのであつた。夜(よ)が明けるに連れてハツキリと蘇つて來る色々な殘念さ、面目(めんぼく)なさ、相濟(あひす)まなさに、石の樣に囚はれてしまつてゐた僕は、物を云ふ力も無いまゝ頭から毛布を引冠(ひつかぶ)つて、ゴロゴロした荷物の上に横になつたのであつた。さうして暫く經つてから

「……ネエネエ。アンタ。とても面白い事があるのよ。ネエネエ。……この上流に金鑛(きんくわう)か何か有るらしいのよ。いつも哈爾賓に金塊(なまこ)を持つて來るつていふ評判の船が、ツイ今しがた此方(こつち)の岸近くを下つて行(い)つたのよ……だから妾(わたし)は直ぐに陸に上(あが)つて、銀貨を四五枚、手紙に結(ゆは)ひ付けたのを、その船の甲板(デツキ)に投込んで遣つたの。さうしたら主人らしい立派な支那人が出て來て、手紙を拾ひ上げて擴(ひろ)げて見るなり、眼(め)をマン丸くして妾(わたし)の顏を見たのよ、おほかた日本軍司令部の宛名と、ニーナ・オリドイスキーつて云ふ妾(わたし)のサインが讀めたのでせう。兩手を胸に當てながら、叮嚀にお辭儀しいしい下(くだ)つて行つたわよ。小さな大砲を載せたキレイな船だつたわ。恰好は平べつたい舊式だけど……まだ、うしろ姿が見えてゐるわよ。……ホラ……今、本流に曲り込むとこよ。四五人突立つて此方(こつち)の方を指(ゆびさ)しながら何か云つてるわよ。……ネエネエ……」

 と話しかけるニーナの聲を夢うつゝのやうに聞きながら、酒臭い彼女の身體(からだ)を毛布の下に抱き寄せたのであつた。

 日が照り出して居たのでトテモ暑かつた。

[やぶちゃん注:●以下、一行空き。但し、「全集」では空きなしで続いている。]

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