生物學講話 丘淺次郎 第十三章 産卵と姙娠(4) 一 胎生(Ⅰ)
二 胎生
胎生といふ中にも種々の階段があつて、決して一樣ではない。例へば蛇類や「ゐもり」の類の胎生するものでは、そのまゝ生まれ出ても、子になるべき大きな卵がたゞ暫く輸卵管の末に留まり、子の形が出來上つた頃に生まれるに過ぎぬから、親は單に子に場處を貸すだけで、名は胎生というても實は卵生と餘り違はぬ。これに反して獸類の如きは、初め微細な卵細胞が母の體内に留まつて居る間に、絶えず母から滋養分を受けて發育成長し、ほゞ親と同じ形狀を具へたものとなつて産まれるのであるから、これこそ眞に模範的の胎生で、姙娠中の親子の關係は極めて親密である。かやうに兩極端を取つて比較すると著しく違ふが、その間には無論さまざまの途中の階段に位するものがある。
[やぶちゃん注:『「ゐもり」の類の胎生するもの』これは脊椎動物亜門両生綱平滑両生亜綱無足(アシナシイモリ)目Gymnophiona のアシナシイモリ類の有意な数の種に見られるものである。但し、このアシナシイモリ類、私も水族館で見たことがあるが、「イモリ」いは全く見えない。四肢と肢帯を持たない上に、体は細長い円筒状で、多くの体節的な環状の皮膚の襞(環帯)を持っており、目も皮膚に覆われていて(明暗を感じる程度にしか役に立たない)、ミミズと言われたら、なるほどと首肯するほど似ている。参照したウィキの「アシナシイモリ」には、『地中生に高度に適応しており(一部の種は水生である)、極めて特殊化が進んでいるにもかかわらず、現生両生類中最も原始的な形質を残している』とある。そして「繁殖」の項には、『全ての種で体内受精を行う。オスの総排泄腔の後部が反転して陰茎状の交接器(phallodeum)になり、メスの総排泄腔に2〜3時間挿入して精子を渡す』。『オスでもミュラー管』(Müllerian ducts は中腎傍管(paramesonephric ducts)ともいい、動物の♀の発生途中に両側に出現する管状組織で卵管・子宮・膣の上半分の原形となるもの)『が退化せずに発達し、腺構造となる。おそらく精子に栄養を与える器官と思われる』。アシナシイモリの現生種はオアシナシイモリ科 Rhinatrematidae(二属九種)・ヌメアシナシイモリ科
Ichthyophiidae(二属三十九種)・ケララアシナシイモリ科 Uraeotyphlidae(一属五種)・アフリカアシナシイモリ科 Scolecomorphidae(二属六種)・アシナシイモリ科 Caeciliidae(二十六属九十九種)・ミズアシナシイモリ科 Typhlonectidae(五属十三種)の六科百七十一種にも及ぶが(但し、シノニムも多く含まれると推測されるとあり、しかもその多くはたった一つの標本で同定されているものだという。ウィキの分布地図の通り、赤道を挟む熱帯域にかなり広汎に分布している。また、『海を渡れないにもかかわらず、東南アジア、インド、中南米、マダガスカルを除く熱帯アフリカに分布しており、まだこれらが一体でパンゲア大陸を形成していた三畳紀以前に起源を持つことを窺わせる』とある。なお、本邦には棲息しない)、そのうちの『25%の種が卵生であり、一般に母親が抱卵して守ることが知られる。水生の幼生期を過ごす種と、孵化前に変態を終えて直接発生する種がある』。『75%の種が胎生である。母親の卵管の上皮が増殖して分泌物を含んだ袋ができ、卵管内の幼生は卵黄を吸収し終わった後、それを歯でこすり落として食べる。この歯は胎児期に特有のもので、成体のものとは異なる。成体の歯は生後まもなく生えてくる。ふつう胎児は変態を終えてから生み出される』(下線やぶちゃん)とある。こうなって来ると、ミミズというより、かのエイリアンのそれっぽい。]
[「さめ」の子が黄身の嚢で輸卵管の内面に附著する狀]
魚類中で「さめ」などには、大きな卵が親の輸卵管の出口に近い處に留まつて發達するものがあるが、かゝる場合には親は單に場處を貸すに止まらず、輸卵管の内面より乳の如き一種の滋養液を分泌して子に供給し、子はこれを受けて速に發育する。「あかえひ」では姙娠すると、輸卵管の内面から細い絲の如き突起が澤山に生じ、これから滋養液を分泌するが、この突起は束になって胎兒の眼の後にある左右の噴水孔から入り込み、胃に達して滋養分を直にその中へ送り入れる。また「ほしざめ」では胎兒の腹から續いて居る黄身の嚢が親の輸卵管の内面に密著し、一寸引張つた位ではなかなか離れぬが、これも親から子に滋養分が供給せられるための仕掛けであつて、その有樣は後に述べる獸類の胎盤に大いに似た所がある。かやうな次第で、卵が長く親の輸卵管内に留まる場合には、身體の互に密接して居ることを利用して、親が子に少しづつ滋養分を與へ、その發育を助けることが行はれ、且一歩一歩進みゆく樣子が見えるが、子はそのため一層十分に發育して大きく強くなつて産まれるから、種族保存の上に有効であるは論を待たぬ。魚類に限らず如何なる動物に於ても、輸卵管の一部で卵が留まつて發育する場處は特に太くなつて居るが、その部分を子宮と名づける。
[やぶちゃん注:ここに示された卵胎生の軟骨魚類の輸卵管で見られる栄養補給システムは既に「生物學講話 丘淺次郎 第十三章 産卵と姙娠(2) 一 卵生(Ⅰ)」の「ほしざめ」の注で私が記したものである。「滋養液」は其処で記した「子宮乳」のことである。なお、今回、再度、調べてみたところ、人気の高い軟骨魚綱板鰓亜綱トビエイ目トビエイ科オニイトマキエイ属 Manta birostris も体内受精を行い、幼生は輸卵管内で発育・孵化する卵胎生で、子どもは産まれたときすでに体盤幅一~~一・二メートル、体重も五十キログラム前後に達することが分かった(マンタの平均的個体は三~五メートルであるが、最大で八メートルにも達し、体重は何と三トンにもなると参照したウィキの「オニイトマキエイ」にあった)。(卵胎生)。二〇〇七年六月十六日に「沖縄美ら海水族館」で世界で初めてマンタの出産に成功したが、両親の交尾は二千六年六月八日に確認されていることから、妊娠期間は三百七十四日であった。子マンタの体幅は既に一・九メートルもあった。但し、この時の子は五日後に父マンタとの接触による傷などが原因(推定)で死亡している。その後も同水族館ではマンタの出産と増殖にチャレンジしている。この部分はネット上の諸記載を比較検討してオリジナルに書いた)。]
« 生物學講話 丘淺次郎 第十三章 産卵と姙娠(3) 一 卵生(Ⅱ) | トップページ | 生物學講話 丘淺次郎 第十三章 産卵と姙娠(5) 二 胎生(Ⅱ) カモノハシとハリモグラの赤ちゃん »