夢野久作 定本 獵奇歌 (Ⅲ)
何故に
草の芽生えは光りを慕ひ
心の芽生えは闇を戀ふのか
殺したくも殺されぬ此の思ひ出よ
闇から闇に行く
猫の聲
放火したい者もあらうと思つたが
それは俺だつた
大風の音
眼の前に斷崖が立つてゐる
惡念が重なり合つて
笑つて立つてゐる
獸のやうに女に飢ゑつゝ
神のやうに火にあたりつゝ
あくびする俺
淸淨の女が此世に
あると云ふか……
影の無い花が
此世にあると云ふのか
ぐるぐるぐると天地はめぐる
だから俺も眼がくるめいて
邪道に陷ちるんだ
ばくち打つ
妻も子もない身一つを
ザマア見やがれと嘲つて打つ
(昭和四(一九二九)年十一月号『獵奇』・署名「夢野久作」・総表題は「獵奇歌」)
自殺しようか
どうしようかと思ひつゝ
タツタ一人で玉を撞いてゐる
にんげんが
皆良心を無くしつゝ
夜のあけるまで
ダンスをしてゐる
[やぶちゃん注:太字「にんげん」は底本では傍点「ヽ」。]
獨り言を思はず云うて
ハツとして
氣味のわるさに
又一つ云ふ
[やぶちゃん注:諸本は一行目を「獨り言を思はず云つて」とする。ここは朗読してみると一目瞭然、「云うて」リズムの方が重い停滞を生んで軽い「云つて」よりも遙かによい。]
誰か一人
殺してみたいと思ふ時
君一人かい…………
………と友達が來る
號外の眞犯人は
俺だぞ………と
人ごみの中で
怒鳴つてみたい
飛びだした猫の眼玉を
押しこめど
ドウしても這入らず
喰ふのをやめる
メスの刄が
お伽ばなしを讀むやうに
ハラワタの色を
うつして行くも
五十錢貰つて
一つお辭儀する
盜めば
お辭儀せずともいゝのに
人間の屍體を見ると
何がなしに
女とフザケて笑つてみたい
(昭和五(一九三〇)年四月号『獵奇』・署名「夢野久作」・総表題は「獵奇歌」)
血潮したゝる
闇の中に闇があり
又闇がある
その核心から
血潮したゝる
骸骨が
曠野をひとり辿り行く
行く手の雲に
血潮したゝる
教會の
彼の尖塔の眞上なる
靑い空から
血しほしたゝる
洋皿のカナリアの繪が
眞二つに
割れたとこから
血しほしたゝる
すれ違つた白い女が
ふり返つて笑ふ口から
血しほしたゝる
眞夜中の
三時の文字を
長針が通り過ぎつゝ
血しほしたゝる
水藥を
花瓶に棄てゝアザミ笑ふ
肺病の口から
血しほしたゝる
日の影が死人のやうに
縋り付く倉の壁から
血しほしたゝる
たはむれに
タンポヽの花を引つ切れば
牛乳のやうな血しほしたゝる
大詰めの
アンチキシヤウの美くしさ
赤いインキの血しほしたゝる
(昭和五(一九三〇)年五月号『獵奇』・署名「夢野久作」)
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