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« 夢野久作 定本 獵奇歌 (Ⅴ) | トップページ | 日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十九章 一八八二年の日本 諺対照 »

2015/07/23

夢野久作 定本 獵奇歌 (Ⅵ)

 

冬の風つめたく晴れて

木の空に

大根の死骸かぎりなし

 

[やぶちゃん注:沢庵漬けにするための大根干しの景か。ふと見つけた個人ブログ「九州・福岡県糸島から野菜と食材をお届けするmamagocoro(ママゴコロ)のブログ」の「大根干して漬物に」の景が私にはしっくりきた。]

 

天人が

どこかの森へ落ちたらしい

シインとしてゐる春の眞晝中

 

白塗りのトラツクが街をヒタ走る

何處までも何處までも

眞赤になるまで

 

[やぶちゃん注:「何處までも何處までも」の後半は底本では踊り字「〱」。]

 

これが女給

こちらが女優の尻尾です

チヨツト見分けがつかないでせう

 

レコードの割れ目を

針が辷る時

歌つてゐる奴の冷笑が見える

 

地獄座のフツトライトが

北極光さ

悔い改めよといふ意味なのさ

 

黃道光は

空の女神の脚線美さ

だから滅多にあらはれないのさ

 

[やぶちゃん注:「黃道光」「くわうだうくわう(こうどうこう)」とは、日没後は西空に、日の出前は東空に黄道(ecliptic:太陽が天空を回る見かけ上の通り道である円周軌道、地球の太陽に対する軌道面。英語は月がこの面を通過する時にのみ日食や月食が起こることに由来する。因みに「黄道」はウィキ黄道によると学術的にも「おうどう」と読んでもよいとされている)に沿って太陽を中心に帯状に見える淡い光の帯のこと。地球の軌道面に沿って散在する希薄なガスや微粒子が太陽光を散乱するために見られる現象。]

 

戀愛禁斷の場所が

今の世に在るといふ

床の間の在るお座敷がソレだと……

 

[やぶちゃん注:個人(複数)ブログ「旅と歴史用語解説(歴史学・考古学・民俗学用語集)」の床の間」に、床の間とは『和室建築において、通常は座敷の上座側にあって畳よりも床を一段高くした空間。多くはハレの空間である客間の一角に設けられ、床柱、床框などで構成され、板張りと畳敷がある。歴史的には東山文化の書院造において採用された形式で、観賞用として壁に掛け物を掛けたり、床に生け花や置物などを飾ることが多い』が柳田國男は「木綿以前の事」の中で、『床の間の発達は、室町時代の風習として君主が臣下の家に客として訪問することが多くなったことが、特別の上座を必要としたものではないかと指摘している。通常は絵画鑑賞の形式の変化などによって床の間の発生を説明することが多いなか、永原慶二は柳田の説を室町時代の社会のありかたと深く結びついた洞察だとして高く評価している』とある。また、別なネット記載のコメントに、とある僧の話であったとして、『床の間は男の間という意味で、男性(家の主)の出世運を左右する』であって、『床の間に掛け軸や花以外の物を置くと、主の運を下げるとも言』われているとあった。これは特別なまさに前述のような「ハレ」を将来する特殊空間装置としての「床の間」を意味しており、そこで恋愛を含む性愛行動は禁忌であるのは言うまでもないということになる。]

 

女を囮に

脱獄囚を捕まへた

脱獄囚よりも殘忍な警官

 

十七歳の少女の墓を發見して

頭を撫でゝ

お辭儀して遣る

 

脱獄囚を逐うて

警官が野を横切る

脱獄囚がアトから横切る

 

打ち明けて云はれた時に

ドウしたらいゝのと

娘が母に聞いてみる

 

泣き濡れた

その美しい未亡人が

便所の中でニコニコして居る

 

[やぶちゃん注:「ニコニコ」の後半は底本では踊り字「〱」。]

 

姙娠した彼女を思ひ

唾液を吐く

黃色い月がさしのぼる時

 

笹の間にサヤサヤのぼる冬の月

眞實々々

薄血したゝる

 

[やぶちゃん注:「サヤサヤ」の後半は底本では踊り字「〱」。]

 

白い赤い

大きなお尻を並べて見せる

ナアニ八百屋の店の話さ

 

 

   (昭和七(一九三二)年四月号『獵奇』・署名「夢野久作」・総表題は「れふきのうた」)

 

 

 

   うごく窓

 

病院の何處かの窓が

たゞ一つ眼ざめて動く

雪の深夜に――

 

驛員が居睡りしてゐる

眞夜中に

骸骨ばかりの列車が通過した

 

母の腹から

髮毛と齒だけが切り出された

さぞ殘念な事であつたらう

 

梟が啼いた

イヤ梟ぢや無いといふ

眞暗闇に佇む二人

 

吹き降りの踏切で

人が轢死した

そのあくる日はステキな上天氣

 

 

   (昭和八(一九三三)年十二月号『ぷろふいる』・署名「夢野久作」)

[やぶちゃん注:前回から一年と八ヶ月ものスパンが空いている。しかも発表詩を同昭和八年五月に創刊したばかりの『ぷろふいる』(京都)に移しているが、これは先の掲載誌『獵奇』(京都)が前年の五月号(前掲「獵奇歌」掲載の翌月号)を以って終刊したことによる。『ぷろふいる』『獵奇』ともに関西系の探偵小説専門誌であった。]

 

 

 

   うごく窓

 

白き陽は彼の斷崖と

朝な朝な

冷笑しかはしのぼり行くかな

 

[やぶちゃん注:「朝な朝な」の後半は底本では踊り字「〱」。]

 

地下室に

無數の瓶が立並び

口を開けて居り呼吸をせずに

 

ひれ伏した乞食に人が錢を投げた

しかし乞食は

モウ死んでゐた

 

嫁の奴

すぐにお醫者に走つて行く

わしが病氣の時に限つて

 

ラムネ瓶に

蠅が迷うて死ぬやうに

彼女は百貨店で萬引をした

 

晴れ渡る靑空の下に

鐵道が死の直線を

黑く引いてゐる

 

草蔭するどく黑く地に沁みて

物音遠き

死骸の周圍

 

 

[やぶちゃん注:「沁みて」諸本、「泌みて」とする。後者でも「しみて」とは読めるが、「にじみて」とも読めてしまう。]

 

 

   (昭和九(一九三四)年二月号『ぷろふいる』・署名「夢野久作」)

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