過ぎし日に 村山槐多
過ぎし日に
ああわれ過ぎし日に辭せん
「さよなら」と叫ばん
われは立つ過去の山頂に
われかけらん天空を
今日よりはかけらん
大蛇と聞へる犬鷲の如くにとばん
げに眞紅の山頂に立ちたるは
強きわれなるかな
太陽を藏し星を秘めたる
無限の美しき天空の外わが道なし
いざ行かんいざ行かん
天空を飛び行かん
過ぎし日よ汝はみにくく憎むべし
されどわれは汝を賞づ
汝はわれを養ひたり
この山頂に立たしめたりき
「さよなら」とわれ叫ばん
いざいざわれは汝を離れて
とび行かん未見の空のあなたに
×
吾は握まん美しき人生を
酒盞を傾むくる如く
吾は吾生を呑まん
吾全體の光輝の中に
吾生を破り去らん
吾は進まんかの鷲の如く
空中を飛びつつ
或る時は野に蛇を殺し
或る時は山頂に小鳥を掠めん
吾生は經歷す光輝の中を
勇氣ある旅客なり
吾生はかくて遂に高く踏(ふ)まん
萬民の上なる位を
×
われは野に生く
かのヨハネの如く
野の風と輝きとわれを育つ
われは野の子なり野の人なり
われは野に高山を仰ぎ
野に大海を望む
われは潤歩す電氣の如く走る
野を、愛すべき野を
野の人と語り
野の都に歌はん
一切はわが野に浸る
わが強き野の風と光輝とに
[やぶちゃん注:第五連一行目「吾は握まん美しき人生を」は「全集」では「吾は把まん美しき人生を」となっている。不審。個人的には「把」よりもより動感の感じられる「握」の方が好きである。]