生物學講話 丘淺次郎 第十三章 産卵と姙娠(6) 二 胎生(Ⅲ) カンガルーの赤ちゃん
[カンガルー][やぶちゃん注:底本大正十五(一九二六)年東京開成館刊第四版のもの。]
[カンガルー][やぶちゃん注:講談社学術文庫版(昭和五六(一九八一)年刊)のもの。]
[やぶちゃん注:講談社学術文庫版と底本としている国立国会図書館蔵の原本(同図書館「近代デジタルライブラリー」内)とは挿絵が異なる(講談社学術文庫版は絵、底本は写真)ので、両方をアップした。底本のそれは前記リンク先画像をダウンロードしてトリミング、補正をしてある。講談社学術文庫版はその凡例には、底本を有精堂昭和四四(一九六九)年刊『丘浅次郎著作集Ⅵ「生物学講話」』とし、『必要に応じて東京開成館第四版(大正十五年刊・初版大正五年刊)を参照した』とあるのであるが、図版については、『旧版の図版』を用いたという言い方をしており、この『旧版』というのは、かく挿絵が異なる事実から推して、「生物學講話」の東京開成館から刊行された大正五(一九一六)年の初版の方を指しているとしか思われない。従って、底本の絵の方が古く、写真の方が新しいと判断出来る。]
[カンガルーの幼兒]
[やぶちゃん注:こちらの画像は講談社学術文庫版のものを用いた。]
獸類で卵生するのは稀な例外であつて、その他は悉く胎生であるが、同じ胎生といふ中にもまた種々の階段がある。例へば大きな「カンガルー」は身の丈が約二米以上もあつて殆ど人間と同じ位であるが、その姙娠の狀態を見ると、人間の女が九箇月の後に身長約〇・五米體重三瓩もある大きな子を産むに反し、姙娠僅に一箇月で殆ど人の拇指の一節にも足らぬほどの小さな子を産む。この子は人間の胎兒のほゞ二箇月位のものに相當し、手足の指もまだ判然とは出來ぬ位故、そのまゝでは到底生活は續けられぬ。それ故、母親は更にこれを腹の前面にある特別の袋に入れ、袋の内にある乳房の先を子の口に嵌め、乳汁を注ぎ込んでなほ數箇月の間養育するが、かうして出來上つた子が、初めて人間の生まれたての赤子と同じ位の大きさに達する。即ち人間ならば子を九箇月の間子宮の内に入れて置く所を、「カンガルー」は一箇月だけ子宮の内に、殘り八カ月は腹の外の袋に入れて養ふのである。「カンガルー」の子は一度乳房を口に入れたら、そのまゝいつまでも離さず、また乳房は延びて子の胃の腑までも達するから少々引張つた位では子は決して親の體からは離れぬ。それ故、昔「ヨーロッパ」人が初めて「カンガルー」を見たときには、この獸は芽生によつて繁殖すると思ひ誤り、その通り報告した。かく胎生する獸類の中にも、小さな子を早く産み出すものと、十分育つまで子を腹の内に入れて置くものがあるのは、胎生の子を養ふための仕掛けに樣々の相違があるからである。
[やぶちゃん注:「カンガルー」有袋上目カンガルー目カンガルー形亜目カンガルー上科カンガルー科 Macropodidae 。画像のそれは同定し得ないが、とりあえず模式種オオカンガルー(別名ハイイロカンガルー)Macropus
gigantues を挙げておく。但し、ウィキの「カンガルー」によれば、『別の分類ではネズミカンガルー科 Potoridae をカンガルー科に統合し、カンガルー科をカンガルー亜科 Macropodinae(先の分類でのカンガルー科)とネズミカンガルー亜科 Potorinae に分ける』ともある(以下、引用は同所)。分布は『オーストラリア大陸、タスマニア島、ニューギニア島に生息している。大型の(狭義の)カンガルー、小型のワラビー、樹上性のキノボリカンガルーなどがいるが、同じカンガルー属 Macropus にオオカンガルーもアカクビワラビーも中間サイズのワラルーもおり、大型カンガルーとワラビーの区別は分類学的なものではない』(私には最後の部分は眼から鱗であった)。『「カンガルー(kangaroo)」は、もともとカンガルー(跳ぶもの)を指した現地語 gangurruが変化したものであると考えられる』。『西洋人がカンガルーを指して「あの動物は何と言うのか」と聞いたところ、現地人は(外国語では何を言いたいのか)「わからない」という意味で「カンガルー」と答え、これがこの動物の通称となったという逸話が、テレビの情報番組で紹介されたり、中学の英語の教科書にも載ったことがあるが、これは俗説である。なお、オーストラリア周辺には多くの部族が住むため、すべての部族がカンガルーのことをこう呼ぶわけではない』(というより、未開民族との接触でしばしば語れる、多分に軽侮が潜在するところの後世に作られたいやったらしい偽説というべきであろうと私は感ずる)。『カンガルーという語がはじめて記録されるのは、ジェームズ・クックの最初の航海について記述したジョセフ・バンクス(王立協会会長を務めた貴族)の文章で、このときは「Kangaru」と綴られた。元々はグーグ・イミディル語で灰色のカンガルーの意味であったが』、(ウィキの「ジェームズ・クック」の方の記載では、当地のアボリジニが話した「オオカンガルー」を指すGuugu Yimidhirr語方言とある)『すぐにカンガルー全体を示す英語として使われるようになった』。体長は小さいもので二十五センチメートルから大きい種では一メートル六十センチメートルまで達し、体重も五百程度の種から八十五キログラム(「老婆心乍ら本文中の「瓩」は「キログラム」「キロ」と読む)に達する大型種まで多様である。「生態」等は、省略するのでリンク先を参照されたい。以下、本文と関わる「繁殖」の項(同ウィキのちっちゃなちっちゃな「生まれたばかりの嬰児」の写真のリンク)。『他の有袋類と同様、育児嚢(いくじのう)で子どもを育てる。実際の育児嚢の内側は非常に臭いと言う』。『多くのカンガルーは繁殖環境のよい時にのみ繁殖を行う。繁殖に適さない環境の場合、雄は精子を作らない。繁殖に適した環境になると繁殖活動を開始する』。『カンガルーの雌は交尾をするとすぐに出産するが、繁殖に適さない環境や、育児嚢に子供がいる間は受精卵が子宮へ着床するのを遅らせることにより、発生を遅らせることが出来る』。『もし繁殖に適した環境が続いた場合、カンガルーの雌は再び交尾を行い、育児嚢の中にいる離乳前の子供と、育児嚢からは出ているが離乳前の子供、そしてさらにもう一つを胎芽の状態でとどめておくことができる。その時に袋で育てている子供が死ぬか、もしくは袋から出てしばらくすると発生が再開する』。新生児一グラム程度か、或いは『それに満たない、かつ未熟な状態で生まれる。生まれたての赤ちゃんは総排出腔から育児嚢の中へ自力で移動し、乳首を見つける』。『完全に親離れする(袋に戻らなくなる)までに、オオカンガルーで通常で』約四十四週間、長いと十八ヶ月間かかることもあり、種によって異なるものの、概ね三十週間から四十週間くらいである、とある。因みに、私とカンガルーはすこぶる相性(臭いが?)がいいらしい。ただ一度の海外修学旅行引率でオーストラリアに行った際、動物公園で私の周りに異様にカンガルーが集まってしまい、一匹も近寄って呉れない女生徒が「ずるい!」と不満を漏らしたのを思い出した。]
« 生物學講話 丘淺次郎 第十三章 産卵と姙娠(5) 二 胎生(Ⅱ) カモノハシとハリモグラの赤ちゃん | トップページ | 生物學講話 丘淺次郎 第十三章 産卵と姙娠(7) 三 子宮 »