夜の美少女 村山槐多
夜の美少女
それでも默つてはる、けつたいな事
ほんまにけつたいなお孃はん
「どなたぞ待つといやすのかそんな暗いところで
薄靑い石竹色のベベを着て」
「あんたはこはいことおへんのか
惡漢が出たらどうおしやすのえ
そんな美しい顏しておいやすからは
あてでもかどわかしたうなりますがな」
「ま、默つてやはる、それでも、けつたいな
ばけものかしら、何ぞがばけて居るのやろか
こはやの、あて何やこはうなつてきた
ま、どうやろこの美麗な庭は
濃い紫の水晶の中に沈んだ樣な氣がする
ま、ほんまに綺麗えな、どうえ
電氣がとぼつてるやおへんか
あんまり綺麗で凄(すご)おすえな、今晩は
芝居の惡漢(わるもの)でも出て來さうな
そやのにお見やすな、あこにほれ
美しいお孃はんが立つてはる
「もしもしお孃はん何でそないにぽかんと
こんな暗いとこに立つておいやすのや
もつと灯のある方へお出でやすな
美しい石竹の樣なお孃はん」
あてほんまに醉うてるのやけど、美麗な今晩」
「美しい愛らしいお孃さんあなたはよもや
好きな人を待つといやすのではござりまへんやろな」
何で小さいこの石竹色のおひとに
そんな事がありまひよかいな、あほらしや
ま、けつたいえな、この美麗な夜に
あのお孃はんが消えてしまうたえ
惡漢にでもお會ひやさへんとええが
ああ、それはどうでもええけれど
ま、ほんまに今晩は
綺麗な晩えな、
[やぶちゃん注:第三連五行目「濃い紫の水晶の中に沈んだ樣な氣がする」は「全集」では「薄い紫の水晶の中に沈んだ樣な氣がする」となっている。不審。詩想から言っても私は「濃い」が相応しいと思うのだが。……
第五連は「全集」では、最終行の鍵括弧が消去されて、
*
「もしもしお孃はん何でそないにぽかんと
こんな暗いとこに立つておいやすのや
もつと灯のある方へお出でやすな
美しい石竹の樣なお孃はん」
あてほんまに醉うてるのやけど、美麗な今晩
*
となっている。全体の構成から見ても、この除去は正しいようには見える。]