夢野久作 定本 獵奇歌 (Ⅷ)
靑空に突き刺さり突き刺さり
血をたらす
南佛蘭西の寺の尖塔
夜の風に
紙片が地を匍うて行く
死人の門口でピタリと止まる
[やぶちゃん注:「匍うて」諸本、「匍ふて」とする。]
眞鍮のイーコン像から
蠟細工のレニンの死體へ
迷信轉向
[やぶちゃん注:言い得て妙で個人的に非常に気に入っている。]
(昭和九(一九三四)年八月号『ぷろふいる』・署名「夢野久作」)
白骨譜
死刑囚は
遂に動かずなり行けど
栴檀の樹の蟬は啼きやまず
[やぶちゃん注:「栴檀」「栴檀木」ムクロジ目センダン科センダン Melia
azedarachの別名。別名、楝(おうち)。五~六月の初夏、若枝の葉腋に淡紫色の五弁の小花を多数、円錐状に咲かせる(ここから「花楝」とも呼ぶ)。因みに、「栴檀は双葉より芳し」の「栴檀」はこれではなく全く無縁の異なる種である白檀の中国名(ビャクダン目ビャクダン科ビャクダン属ビャクダンSantalum album )なので注意(しかもビャクダン Santalum album は植物体本体からは芳香を発散しないからこの諺自体は頗る正しくない。なお、切り出された心材の芳香は精油成分に基づく)。これはビャクダンSantalum album の原産国インドでの呼称「チャンダナ」が中国音で「チャンタン」となり、それに「栴檀」の字が与えられたものを、当植物名が本邦に伝えられた際、本邦の楝の別名である現和名「センダン」と当該文字列の音がたまたま一致し、そのまま誤って楝の別名として慣用化されてしまったものである。本邦のセンダン Melia azedarach の現代の中国語表記は正しく「楝樹」である。グーグル画像検索「楝の花」をリンクさせておく。]
神樣の鼻は
眞赤に爛れてゐる
だから姿をお見せにならないのだ
一瓶の白き錠劑
かぞへおはり
窓の靑空じつと見つむる
濱名湖の鐵橋渡る列車より
フト……
飛降りてみたくなりしかな
天井の節穴
われを睨むごとし
わが舊惡を知り居るごとし
靑空は罪深きかよ
虻や蜻蛉
お倉の白壁にぶつかつて死ぬ
盲人がニコニコ笑つて
自宅へ歸る
着物の裾に血を附けたまゝ
[やぶちゃん注:「ニコニコ」の後半は底本では踊り字「〱」。]
よそのヲヂサンが
汽車に轢かれて死んでたよ
歸つて來ないお父さんかと思つたよ
將軍塚
將軍の骨が棺の中で錆びた刀を
拔きかけてゐた
[やぶちゃん注:「將軍塚」こう固有名詞で呼称する古墳や墳墓は全国各地にあるが、特定の何処を指しているかは不詳である。]
(昭和九(一九三四)年八月号『ぷろふいる』・署名「夢野久作」)
靑空はブルーブラツク
三日月は死の唄を書く
ペン先かいな
大理石の伽藍の如き頭蓋骨が
莊嚴に微笑む
南極の海
ほの暗く
はるかな國離れ來て
桐の若葉に
さゆらぐ惡魔
(昭和九(一九三四)年十月号『ぷろふいる』・署名「夢野久作」)
わが罪の思ひ出に似た
貨物車が犇きよぎる
白の陽の下
ぬかるみは果てしもあらず
微笑して
彼女の文を千切り棄てゆく
ニヤニヤと微笑しながら跟いて來る
もう一人の我を
振返る夕暮
[やぶちゃん注:「跟いて來る」老婆心乍ら、「ついてくる」と読む。]
(昭和九(一九三四)年十一月号『ぷろふいる』・署名「夢野久作」)
日も出でず
月も入らざる地平線が
心の涯にいつも横たはる
うなだれて
小暗き町へ迷ひ入り
獸の如く呻吟してみる
社長室の片隅に
黑く凋れ行く
赤いタイピストの形見のチユーリツプ
[やぶちゃん注:「凋れ行く」老婆心乍ら、「しをれゆく(しおれゆく)」と読む。]
(昭和九(一九三四)年十二月号『ぷろふいる』・署名「夢野久作」)