『風俗畫報』臨時増刊「鎌倉江の島名所圖會」 松源寺
●松源寺
松源寺は日金山と號す。鐡觀音の西巖窟中の中壇にあり。本尊は地藏運慶か作。相傳(あひつた)ふ賴朝卿伊豆に配流の時。伊豆日金に祈て我世に出でば必ず地藏を勸請せんと約せし故にこゝに移すと云ふ。
[やぶちゃん注:廃寺であることが示されていないのは「新編鎌倉志卷之四」のほぼ完全な引き写しのため。
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〇松源寺 松源寺(せうげんじ)は、日金山(にちきんさん)と號す。銕觀音の西、巖窟堂(いはやだう)の山の中壇にあり。本尊は地藏、運慶が作。相傳ふ、賴朝卿、伊豆に配流の時、伊豆の日金に祈つて我(われ)世に出でば必ず地藏を勸請せんと約せし故に、こゝに移すと云ふ。
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「鎌倉攬勝考卷之七」の「日金地藏堂」を引く。
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日金地藏堂 岩屋堂の東にて、山の半腹にあり。本尊地藏、運慶作。右大將家、豆州謫居の頃より、御誓願有て、爰に移し給ふといふ。別當日金山彌勒院松源寺といふ。眞言新義。御室御所の末なり。弘長三年四月七日、群盜十餘人、地藏堂にかくれ居るの間、夜行の輩行向ひ、其庭にて生虜とあり。玆の地藏堂の事なり。
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地蔵の方の呼称では「日金」は「ひがね」と読むようである。以前、現在の雪ノ下にあった松源寺の本尊であったが、廃仏毀釈令で長谷寺に移管され、後に現在の横須賀市武(たけ)の東漸寺に移されている。日金地蔵は鎌倉時代の仏師宗円の作と伝えられる木造半跏像で、頼朝が蜂起する際に伊豆日金山の地蔵菩薩に戦勝と源氏再興を祈願し、成就の後にその像を模して造ったと伝えられる。但し、オリジナルの地蔵は松源寺の火災で焼失、現在の東漸寺蔵の日金地蔵は地蔵胎内墨書銘によって寛正三(一四六二)年、仏師宗円による造立であることが分かっている。東漸寺は
toshi-watanabe 氏のブログ「折々の記」の「横須賀武の東漸寺を訪ねる」が詳しい。
「伊豆日金」は現在の静岡県熱海市伊豆山にある走湯権現日光山東光寺のこと。応神天皇四(二七三)年、松葉仙人の開山と伝えられる古刹で、現在の本尊延命地蔵菩薩像も頼朝の建立とされる。]
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