夢野久作 定本 獵奇歌 (Ⅶ)
地獄の花
火の如きカンナの花の
咲き出づる御寺の庭に
地獄を思ふ
昨日までと思うた患者が
まだ生きて
今朝の大雪みつめて居るも
お月樣は死んでゐるの
と兒が問へば
イーエと母が答へけるかな
胃袋の空つぽの鷲が
電線に引つかゝつて死んだ
靑い靑い空
[やぶちゃん注:「靑い靑い」の後半は底本では踊り字「〱」。]
踏切にジツと立ち止まる人間を
遠くから見てゐる
白晝の心
靑空の冷めたい心が
貨物車を
地平線下に吸ひ込んでしまつた
自分自身の葬式の
行列を思はする
野の涯に咲くのいばらの花
(昭和九(一九三四)年四月号『ぷろふいる』・署名「夢野久作」)
死
自殺しても
悲しんで呉れる者が無い
だから吾輩は自殺するのだ
馬鹿にされる奴が一番出世する
だから
自殺する奴がエライのだ
何遍も自殺し損ねて生きてゐる
助けた奴が
皆笑つてゐる
あたゝかいお天氣のいゝ日に
道ばたで乞食し度いと
皆思つてゐる
悟れば乞食
も一つ悟れば泥棒か
も一つ悟ればキチガヒかアハハ
致死量の睡眠藥を
看護婦が二つに分けて
キヤツキヤと笑ふ
振り棄てた彼女が
首を縊くくつた窓
蒲團かむればハツキリ見える
(昭和九(一九三四)年六月号『ぷろふいる』・署名「夢野久作」)
見世物師の夢
滿洲で人を斬つたと
微笑して
肥えふとりたる友の歸り來る
明るい部屋で
冷めたい帽子を冠つたら
殺した友の顏を思ひ出した
ずつと前殺した友へ
根氣よく年賀状を出す
愚かなる吾
廣重は
慘殺屍體の上にある
眞靑な空の色を記憶した
煉瓦塀を仰げば
靑い靑い空
殺人囚がホツとする空
[やぶちゃん注:「靑い靑い」の後半は底本では踊り字「〱」。]
病死した友の代りに返事した
先生は知らずに
出席簿を閉ぢた
秋まひる靜かな山路に
堪へ兼ねて追剝を
した人は居ないか
人頭蛇を生ませてみたいと
思ひつゝ女と寢てゐる
若い見世物師
(昭和九(一九三四)年七月号『ぷろふいる』・署名「夢野久作」)
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