京都人の夜景色 村山槐多
京都人の夜景色
ま、綺麗やおへんかどうえ
このたそがれの明るさや暗さや
どうどつしやろ紫の空のいろ
空中に女の毛がからまる
ま、見とみやすなよろしゆおすへな
西空がうつすらと薄紅い玻璃みたいに
どうどつしやろえええなあ
ほんまに綺麗えな、きらきらしてまぶしい
灯がとぼる、アーク燈も電氣も提灯も
ホイツスラーの薄ら明りに
あては立つて居る四條大橋
じつと北を見つめながら
虹の樣に五色に霞んでるえ北山が、
河原の水の仰山さ、あの仰山の水わいな
靑うて冷たいやろえなあれ先斗町の灯が
きらきらと映つとおすは
三味線が一寸もきこえんのはどうしたのやろ
藝妓はんがちらちらと見えるのに
ま、もう夜どすか、早いえな
あ空が紫でお星さんがきらきらと
たんとの人出やな、美しい人ばかり
まるで燈と顏との職場
あ、びつくりした電車が走る
あ、こはかつた
ええ風が吹く事、今夜は
綺麗やけど冷めたい晩やわ
あては四條大橋に立つて居る
花の樣に輝く仁丹の色電氣
うるしぬりの夜空に
なんで、ぽかんと立つて居るのやろ
あても知りまへん
[やぶちゃん注:「ま、見とみやすなよろしゆおすへな」「全集」は「ま、見とみやすなよろしゆおすえな」。
「きらきらと映つとおすは」「全集」は「きらきらと映つとおすは」。
「あても知りまへん」「全集」は「あても知りまへんに。」とする。改訂した理由や注は一切なく、根拠不明である。これも原稿或いは校正稿が残存していて、訂することが出来た――しかもそれを一切情報として提示せず――にとでもいうことなのだろうか? 向後、この皮肉な注は略すが、ともかくも彌生書房版「村山槐多全集」の本文校訂に私は現在、激しい猜疑心を持っていることを告白しておく。]