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2015/09/24

詩は   立原道造

  詩は

 

その下に行つて、僕は名を呼んだ。詩は、だのに、いつも空ばかり眺めてゐた。

 

   *

 

こはい顏をしてゐることがある

爪(つめ)を切つてゐることがある

詩はイスの上で眠つてしまつたのだ

 

   *

 

あかりの下でひとりきりゐると

僕は ばかげたことをしたくなる

 

   *

 

 あゝ、傷のやうな僕、目をつむれ。風が林をとほりすぎる。お前はまたうそをついて、お前のものでない物語を盜(ぬす)む、それが詩だといひながら。

 

   *

 

言葉のなかで 僕の手足の小さいみにくさ

 

   *

 

或るときは柘榴(ざくろ)のやうに苦しめ 死ぬな

 

   *

 

詩は道の兩側でシツケイしてゐる

 

   *

 

僕は風と花と雲と小鳥をうたつてゐればたのしかつた。詩はそれをいやがつてゐた。

 

   *

 

夜の部屋のあかりのなかで詩は

目をパチパチさせながら小さい本をよんでゐた

それは僕の書いた小さい本だつたが

返してくれたのを見るとそれに詩が罰點(ばつてん)をつけてゐた

 

   *

 

小徑が、林のなかを行つたり來たりしてゐる、

落葉を踏みながら、暮れやすい一日を。

 

   *

 

 カーネーシヨンの花のしみついた鋪石(ほせき)を掘りおこすとその下で鼠がパンをかじつてゐた。パン屑はアスパラガスのやうな葉が茂つてゐるので、人は、水のコツプを手に持つてあちこちあわてて歩くことがあつた。

 

   *

 

詩は道をステツキでためしてゐた

長い道の向うまで日があたり

衰へた秋のかげが背中で死んだ

詩は背中をまるくして歩いてゐた

 

 

[やぶちゃん注:以下は総表題「詩は」に基づく「その下に行つて、僕は名を呼んだ。詩は、だのに、いつも空ばかり眺めてゐた。」から「詩は道をステッキでためしてゐた/長い道の向うまで日があたり/衰へた秋のかげが背中で死んだ/詩は背中をまるくして歩いてゐた」までのアフォリズム風の十二篇の短詩群。国立国会図書館近代デジタルライブラリー内の画像にもなく、私の所持する選集では昭和六一(一九八六)年改版三十版角川文庫刊中村真一郎編「立原道造詩集」のみに載るのでそれを底本とした(この底本、昭和二七(一九五二)初版を改版したその三十版でありながら、この時代で文庫本であるにも拘わらず稀有なことに何と正字である。有り難きことこの上ない!)。ルビは編者中村氏が増補して打った可能性が濃厚なものが多いが確認出来ないので総てそのまま附した。

第四篇目「あゝ、傷のやうな僕……」の散文調断章の冒頭一字下げはママである。

第十一篇目「カーネーシヨンの花のしみついた鋪石(ほせき)を……」の散文調断章の冒頭一字下げもママである。附言すると、この「鋪石(ほせき)」は、個人的な韻律の趣味から言うと、断然、「しきいし」と読みたくなる。原稿を確認したいものである。]

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