麥藁帽子 立原道造
麥藁帽子(むぎわらばうし)
八月の金(きん)と綠の微風(そよかぜ)のなかで
眼に沁(しみ)る爽(さは)やかな麦藁帽子は
黄いろな 淡(あは)い 花々のやうだ
甘いにほひと光とにみちて
それらの花が 咲きにほふとき
蝶よりも 小鳥らよりも
もつと優しい生き者たちが挨拶(あいさつ)する
[やぶちゃん注:底本は昭和六一(一九八六)年(改版三十版)角川文庫刊中村真一郎編「立原道造詩集」に拠った。二行目「爽やかな」のルビは「さわ」で、これは新潮社の「日本詩人全集」第二十八巻(同じ中村氏の編。ルビは孰れも歴史的仮名遣を用いている)でも同じであるが、このルビの誤り(孰れもママ表記がない)には私は疑義がある(底本には中村氏が適宜ルビを振ったことが明記されており、これは道造自身のルビの誤りではない可能性があるからである)ので、正しい「さは」に恣意的に訂した。個人的生理的にここは私にとって「さはやか」でなくてはならないからである。大方の御批判を俟つ。また、私もしばしばお世話になっているネット上の安藤龍明氏の優れたサイト「日本詩人愛唱歌集」のここに、この「麦藁帽子」の電子化されたものが載るが、そのテクストは、
《引用開始》
麦藁帽子
八月の金と緑の微風のなかで
眼に沁みる爽やかな麦藁帽子は
黄いろな 淡い 花々のやうだ
甘いにほひと光とに満ちて
それらの花が 咲きそろふとき
蝶よりも 小鳥らよりも
もつと優しい愛の心が挨拶する
《引用終了》
となっている。二行目の「沁みる」は別としても、五行目及び最終行が甚だしく異なる。本詩篇にはこのような別稿があるのだろうか? 私は全集を所持していないので分からない。識者の御教授を乞うものである。]