小譚詩 立原道造
Ⅲ 小譚詩
一人はあかりをつけることが出來た
そのそばで 本をよむのは別の人だつた
しづかな部屋だから 低い聲が
それが隅の方にまで よく聞えた(みんなはきいてゐた)
一人はあかりを消すことが出來た
そのそばで 眠るのは別の人だつた
糸紡ぎの女が子守の唄をうたつてきかせた
それが窓の外にまで よく聞えた(みんなはきいてゐた)
幾夜も幾夜もおんなじやうに過ぎて行つた……
風が叫んで 塔の上で 雄鷄が知らせた
――兵士(ジアツク)は旗を持て 驢馬は鈴を搔き鳴らせ!
それから 朝が來た ほんとうの朝が來た
また夜が來た また あたらしい夜が來た
その部屋は からつぽに のこされたままだつた
[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館近代デジタルライブラリーの昭和二二(一九四七)年角川書店刊立原道造「詩集 優しき歌」の画像を視認した。生前の既刊詩集「曉と夕の詩」の第三曲。同詩集は先の「萱草に寄す」と同じく楽譜を意識した造りとなっており、ⅠからⅩのナンバーを打った全十曲から成る。中公文庫「日本の詩歌」第二十四巻脚注によれば、『四季』昭和一一(一九三六)年五月号に「小譚詩」の題で発表されたものが初出である。
「兵士(ジアツク)」は英語の“jack”であるが、英語辞書には「兵士」という意味は載らない。「水兵」はある。これは所謂、トランプの絵札の「ジャック」由来で、小学館「日本国語大辞典」の「ジャック」の第一義に『トランプの絵札の一つ。一〇の上位で、クイーンの下位の札。若者の絵が描かれており、キングとクイーンに対し、廷臣または兵士などを表わすとされる。』とあることから、一種の和製英語訳ということになろう。
【2026年3月24日修正】国立国会図書館デジタルコレクションの「立原道造全集」の「第一 詩集I」(一九七一年角川書店刊)の当該部で修正した。「糸紡ぎ」は前注の底本では「絲紡ぎ」となっていたが、全集のもので変更した。念のため、国立国会図書館デジタルコレクションの原刊行詩集である風信子詩社刊の昭和一二(一九三七)年十二月発行の「曉と夕の詩」の当該画像を視認したが、やはり「糸紡ぎ」であった。但し、今日、公開した本篇の草稿詩篇「BALLADE」では当該部は「絲紡ぎ」であることを確認されたい。しかも――その草稿は――既にして――決定作である本篇とほぼ変わらぬところまで――出来上がっていたのである。]
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