小譚詩 立原道造
Ⅲ 小譚詩
一人はあかりをつけることが出來た
そのそばで 本をよむのは別の人だつた
しづかな部屋だから 低い聲が
それが隅の方にまで よく聞えた(みんなはきいてゐた)
一人はあかりを消すことが出來た
そのそばで 眠るのは別の人だつた
絲紡ぎの女が子守の唄をうたつてきかせた
それが窓の外にまで よく聞えた(みんなはきいてゐた)
幾夜も幾夜もおんなじやうに過ぎて行つた‥‥
風が叫んで 塔の上で 雄鷄が知らせた
――兵士(ジアツク)は旗を持て 驢馬は鈴を搔き鳴らせ!
それから 朝が來た ほんとうの朝が來た
また夜が來た また あたらしい夜が來た
その部屋は からつぽに のこされたままだつた
[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館近代デジタルライブラリーの昭和二二(一九四七)年角川書店刊立原道造「詩集 優しき歌」の画像を視認した。生前の既刊詩集「曉と夕の詩」の第三曲。同詩集は先の「萱草に寄す」と同じく楽譜を意識した造りとなっており、ⅠからⅩのナンバーを打った全十曲から成る。中公文庫「日本の詩歌」第二十四巻脚注によれば、『四季』昭和一一(一九三六)年五月号に「小譚詩」の題で発表されたものが初出である。]
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