『風俗畫報』臨時増刊「鎌倉江の島名所圖會」 山王堂
●山王堂
源氏山の西北にあり。東鑑に龜谷の山王と見ゆ今は畠となる。
[やぶちゃん注:貫達人・川副武胤「鎌倉廃寺事典」(昭和五五(一九八〇)年有隣堂刊)によれば、『宗旨未詳。扇ケ谷、山王堂谷』とある。山王堂谷(さんのうどうがやつ)は現在の源氏山公園の西側を北から陥入する住宅地が比定される(私の記憶では個々の宅地開発は非常に速かった。小学校二年(一九六四年)の遠足でここに行った時、既に異様に住宅が広がっていた。そこに向って悪餓鬼――私は毎日その子にイジメを受けていた――の投げたオムスビが勢いよく転がって行った光景を私は何故か今も忘れない。同書にもここの宅地開発は昭和三六(一九六一)年に始まったとある)。閑話休題。同書には更に、『寛元三年(一二四五)三月十九日、頼経が参詣した記事がある。「亀谷山王宝前」とみえている(『吾妻鏡』)』とあって、先に私も述べた通り、宅地開発によって完膚なきまでに様相が一変したものの、『しかし祠は道路の右側、崖の中腹にのこっている』とある。私は実はこの谷には降りたことがない。鎌倉でも私が足を踏み入れていない稀有の場所なのである。実は源氏山公園も嫌いである。そうしてその理由は無論、そのイジメられた男の子の映像がフラッシュ・バックするからに他ならないのである。]
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