橋本多佳子句集「命終」 昭和三十七年(1) 障子貼る/独楽/他
昭和三十七年
障子貼る
障子貼るひとり刃のあるものつかひ
障子貼る刃ものぬれ紙よく切れて
昼臥しに風さらさらと新障子
愛しさや恋負け猫が食欲(ほ)れり
奴凧夜覚の顔のわが近くに
独楽あそび手窪のごとき地を愛し
鳥渡る群ばらばらに且つ散らず
綿虫とぶものに触れなばすぐ壊えん
頭も見せず蒲団を被れば一切消ゆ
*
薬師寺
花会式造花にいのちありて褪せ
*
折ればわがもの冬ばらと園を出る
脚抱きて死にきれぬ蜂掃き出せり
あやめ池動物園
一冬の玩具熊に木の切れつ端
冬兎身の大(だい)の穴いくつも掘り
独楽
元旦、丘本風彦氏来訪。独楽を習ふ。
頭をふつておのれ止らぬ勢ひ独楽
何の躊躇独楽に紐まき投げんとして
掌にまはる独楽の喜悦が身に伝ふ
掌に立ちて独楽の鉄芯吾(あ)をくすぐる
寝正月夢湧きつげば誰より贅(ぜい)
寝正月鶲を欲れば鶲来る
[やぶちゃん注:「鶲」は「ひたき」。スズメ目スズメ亜目スズメ小目ヒタキ上科ヒタキ科 Muscicapidae に属するヒタキ類を広く指すが、正月の嘱目吟からは同ヒタキ科(ツグミ科 Turdidae ともする)ジョウビタキ Phoenicurus auroreus ではなかろうか。]
わが起居に眼をみはるもの奴凧
りんりんたる白羽破魔矢に鏃なし
白破魔矢武に苦しみし神達よ
羽のみだれ正(ただ)す破魔矢に息かけて
わが寝屋の闇の一角白破魔矢
養身のほとりにつよく破魔矢おく
[やぶちゃん注:以上の破魔矢句は個人的に好きな多佳子晩年の句群である。]
籾殻の深きところでりんご触れ
[やぶちゃん注:私の偏愛する句である。]
寒肥の大地雪片ふりやまず
手をつけば土筆ぞくぞく大地面
野に遊ぶ土管胎内くぐりして
泉の底天より早く星を得て
はるかなる雪嶺のその創まで知る
もがり笛厚扉厚壁くぐり来る
亡き夫顕(た)つごと焚火あたたかし
金魚池水輪もたてず雪ふりて
[やぶちゃん注:「丘本風彦」一時期、『天狼』の編集人であった人物であるくらいしか分からない。]
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