私の貧しさは‥‥ 立原道造
私の貧しさは‥‥
私の 貧しさは 暗い涙をたれ
ひつそりと 建物の壁に沿つて 歩く
風が 私の髮を かきみだしてゐる
怒つたやうに‥‥
不意に 明るい場所へ 出るので
影は 濃く 風が にほひはじめる
日向の色に 私の心は耐へかねない
しづかに 聲を立て むせび泣く
そして どこからか 老いた
母の うたふ聲が 私を立ちどまらせる
眠らせようとでも するやうに
明るい晝なのに 何かしら眠りが
私のうちを ゆきすぎる‥‥ああ
この疲れに 私の歩みは すでに馴れはじめた
[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館近代デジタルライブラリーの昭和二二(一九四七)年角川書店刊立原道造「詩集 優しき歌」の画像を視認した。第三部に配された未発表の未定稿詩篇五篇の最初の一篇である。私には第三連が格別に響く。]