橋本多佳子句集「命終」 昭和三十六年(2) 崖(2)
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我ら来て人気(ひとけ)枯山三時頃
降る雨が浸まず流れて二月の地
風花の大勢小勢待つ時間
昆虫の肢節焼野の灰ぼこり
土に憩ひ眼にひろがれる野焼黒
恋負け猫ずつぷり濡れて吾に帰る
山中に恋猫のわが猫のこゑ
土筆の頭(づ)遠くに人も円光負ふ
[やぶちゃん注:パースの効いた夢幻的な佳句である。]
近くして静かな修羅場昼山火
北天の春星の粗に北斗の鉾
[やぶちゃん注:個人サイト「宇宙(太陽系・スタートレック)」の「春の星座」を参照されたい。冒頭で『春の星は、全体的に明るい星が少ないのが特徴ですが、そのためかえって大きな星座が目につきます。まず北の方角を見ると、ひしゃく型に並んだおおくま座、北極星をもつこぐま座があります』とあり、「粗」(「まばら」と訓じているものと思う)の意味が判る。]
桜吹雪ござ一枚の上に踊る
疲れ知らぬ韓鼓どどどど桜の山
[やぶちゃん注:「韓鼓」「どどどど」というオノマトペイアからは「チョアゴ(座鼓)」「ヨンゴ(龍鼓)」「プク」等の和太鼓に似た形状のものが想起されるが、不詳。識者の御教授を乞う。]
青き踏む試歩よ大きく輪を描いて
いくらでもあるよひとりのわらび採り
風吹いて帰路の白道わらび採り
誕生仏立つ一本の黒き杭
[やぶちゃん注:寺院に於いて通常、四月八日に行なう釈迦の誕生を祝う仏生会(ぶっしょうえ=灌仏会(かんぶつえ))の甘茶をそそぐ誕生仏の像が年を経て「黒き杭」の如く見える景か。]
熱灰の焼野日輪直射して
とび出せし犬麦畑の瘦地帯
崖山吹倉暗黒の覗き窓
[やぶちゃん注:「倉」とは崖にある穴、時代的に見て防空壕の跡か。私(昭和三二(一九五七)年生)の経験上、しばしば防空壕跡は当時、民家や農家の貯蔵庫や倉庫に転用されていた。]
罪障のごとしその根の落椿
[やぶちゃん注:やや難解に見えるが、映像的に私の偏愛する一句である。]
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