うたふやうにゆつくりと‥‥ 立原道造
うたふやうにゆつくりと‥‥
日なたには いつものやうに しづかな影が
こまかい模樣を編んでゐた 淡く しかしはつきりと
花びらと 枝と 梢と――何もかも‥‥
すべては そして かなしげに うつら うつらしてゐた
私は待ちうけてゐた 一心に 私は
見つめてゐた 山の向うの また
山の向うの空をみたしてゐるきらきらする靑を
ながされて行く浮雲を 煙を‥‥
古い小川はまたうたつてゐた 小鳥も
たのしくさへづつてゐた きく人もゐないのに
風と風とはささやきかはしてゐた かすかな言葉を
ああ 不思議な四月よ! 私は 心もはりさけるほど
待ちうけてゐた 私の日々を優しくするひとを
私は 見つめてゐた――風と 影とを‥‥
[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館近代デジタルライブラリーの昭和二二(一九四七)年角川書店刊立原道造「詩集 優しき歌」の画像を視認した。底本の第二部の初期詩篇抄出二十七篇の内の一篇。]
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