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« 樹木の影に   立原道造 | トップページ | アリス10歳 »

2015/09/30

優しき歌 序の歌 / Ⅰ 爽やかな五月に   立原道造

優しき歌

 

 

    序の歌

 

しづかな歌よ ゆるやかに

おまへは どこから 來て

どこへ 私を過ぎて

消えて 行く?

 

夕映が一日を終らせよう

と するときに――

星が 力なく 空にみち

かすかに囁きはじめるときに

 

そして 高まつて むせび泣く

絃のやうに おまへ 優しい歌よ

私のうちの どこに 住む?

 

それをどうして おまへのうちに

私は かへさう 夜ふかく

明るい闇の みちるときに?

 

 

  Ⅰ 爽やかな五月に

 

月の光のこぼれるやうに おまへの頰に

溢れた 涙の大きな粒が すぢを曳いたとて

私は どうして それをささへよう!

おまへは 私を だまらせた‥‥

 

《星よ おまへはかがやかしい

《花よ おまへは美しかつた

《小鳥よ おまへは優しかつた

‥‥私は語つた おまへの耳に 幾たびも

 

だが たつた一度も 言ひはしなかつた

《私は おまへを 愛してゐる と

《おまへは 私を 愛してゐるか と

 

はじめての薔薇が ひらくやうに

泣きやめた おまへの頰に 笑ひがうかんだとて

私の心を どこにおかう?

 

 

[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館近代デジタルライブラリーの昭和二二(一九四七)年角川書店刊立原道造「詩集 優しき歌」の画像を視認した。生前の道造が最後に構想していた幻の詩集「優しき歌」の原稿(当時、中村真一郎が所蔵)をもとに推定された詩集「優しき歌」(「序」及び「Ⅰ」から「Ⅹ」のナンバーを持つ詩篇群)の巻頭の序曲と第一曲である。

 以上、この推定された幻の詩集「優しき歌」は、本「序の歌」と「爽やかな五月に」に始まって、

 

 ↓

落葉林で

 ↓

Ⅲ「さびしき野邊」

 ↓

IIII夢のあと

 ↓

Ⅴ「また落葉林で

 ↓

Ⅵ「朝に

 ↓

Ⅶ「また

 ↓

午後に

 ↓

Ⅸ「樹木の影に

 ↓

Ⅹ「夢みたものは

 

の順に配され、読まれるようになったのである。

 なお、中公文庫「日本の詩歌」第二十四巻の本「優しき歌」の解説脚注によれば、本全詩篇十一篇は道造の詩の前年昭和一三(一九三八)年の夏までに創作されたものと推定されてある。

 因みに、岩波文庫版杉浦明平編「立原道造詩集」(一九八八年刊)では(私は所持しないので以下は青空文庫「優しき歌 Ⅰ・Ⅱの電子化を視認して纏めた)、この従来の「優しき歌」を「優しき歌Ⅱ」として、それに先立って、「燕の歌」・うたふやうにゆつくりと……、ここに中標題「薊の花のすきな子に」を立てて、次篇以下にローマ数字を頭に打ちつつ「Ⅰ 憩らひ――薊の花のすきな子に」・「Ⅱ 虹の輪」・「Ⅲ 窓下楽」・「Ⅳ 薄明」と続き、「Ⅴ 民謡――エリザのために」(この「Ⅴ」が冒頭のクレジットなしの「民謡」と「鳥啼くときに」・「甘たるく感傷的な歌」の三篇から構成される)と続き、その後に中標題「ひとり林に……」が立ってⅠ ひとり林に……」Ⅱ 真冬のかたみに‥‥・「浅き春に寄せて」の都合全十二篇からなるものを「優しき歌Ⅰ」として載せている。現物の解説を読んでいないので論評は避けるが、私はこの怪しげに極めて複雑怪奇な「優しき歌Ⅰ」群の存在規定と構成を現時点では立原道造の想起企図していたプレ「優しき歌」群として、認める気には全くならないとのみ言いおくこととする。]

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