優しき歌 序の歌 / Ⅰ 爽やかな五月に 立原道造
優しき歌
序の歌
しづかな歌よ ゆるやかに
おまへは どこから 來て
どこへ 私を過ぎて
消えて 行く?
夕映が一日を終らせよう
と するときに――
星が 力なく 空にみち
かすかに囁きはじめるときに
そして 高まつて むせび泣く
絃のやうに おまへ 優しい歌よ
私のうちの どこに 住む?
それをどうして おまへのうちに
私は かへさう 夜ふかく
明るい闇の みちるときに?
Ⅰ 爽やかな五月に
月の光のこぼれるやうに おまへの頰に
溢れた 淚の大きな粒が すぢを曳いたとて
私は どうして それをささへよう!
おまへは 私を だまらせた‥‥
《星よ おまへはかがやかしい
《花よ おまへは美しかつた
《小鳥よ おまへは優しかつた
‥‥私は語つた おまへの耳に 幾たびも
だが たつた一度も 言ひはしなかつた
《私は おまへを 愛してゐる と
《おまへは 私を 愛してゐるか と
はじめての薔薇が ひらくやうに
泣きやめた おまへの頰に 笑ひがうかんだとて
私の心を どこにおかう?
[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館近代デジタルライブラリーの昭和二二(一九四七)年角川書店刊立原道造「詩集 優しき歌」のここから視認した。生前の道造が最後に構想していた幻の詩集「優しき歌」の原稿(当時、中村真一郎が所蔵)をもとに推定された詩集「優しき歌」(「序」及び「Ⅰ」から「Ⅹ」のナンバーを持つ詩篇群)の巻頭の序曲と第一曲である。
以上、この推定された幻の詩集「優しき歌」は、本「序の歌」と「爽やかな五月に」に始まって、
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の順に配され、読まれるようになったのである。
なお、中公文庫「日本の詩歌」第二十四巻の本「優しき歌」の解説脚注によれば、本全詩篇十一篇は道造の詩の前年昭和一三(一九三八)年の夏までに創作されたものと推定されてある。
因みに、岩波文庫版杉浦明平編「立原道造詩集」(一九八八年刊)では、この従来の「優しき歌」を「優しき歌Ⅱ」として、それに先立って、「燕の歌」・「うたふやうにゆつくりと……」、ここに中標題「薊の花のすきな子に」を立てて、次篇以下にローマ数字を頭に打ちつつ「Ⅰ 憩らひ――薊の花のすきな子に」・「Ⅱ 虹の輪」・「Ⅲ 窓下楽」・「Ⅳ 薄明」と続き、「Ⅴ 民謡――エリザのために」(この「Ⅴ」が冒頭のクレジットなしの「民謡」と「鳥啼くときに」・「甘たるく感傷的な歌」の三篇から構成される)と続き、その後に中標題「ひとり林に……」が立って「Ⅰ ひとり林に……」・「Ⅱ 真冬のかたみに⋯⋯」・「浅き春に寄せて」の都合、全十二篇からなるものを「優しき歌Ⅰ」として載せている。現物の解説を読んでいないので論評は避けるが、私はこの怪しげに極めて複雑怪奇な「優しき歌Ⅰ」群の存在規定と構成を現時点では、立原道造の想起企図していたプレ「優しき歌」群として、認める気には全くならないとのみ言いおくこととする。]

